先に谷山浩子の新刊

『ヒロコとニャンコと音楽の魔法』

当ブログで取り上げた際に

『みんなのうた』の思い出の1曲

「ピエロのトランペット」

1965年版の歌唱者が岸洋子だと知り

ちょっと聴いてみたい

と書きました。

 

その録音は

岸の8枚組のCD-BOX

『岸 洋子 うたの箱』に

入っているらしいと知り

確か以前買ったはずだと思い

探してみたところ

出てきました。

 

『岸 洋子 うたの箱』

(キングレコード KICS-6011〜8、1991.9.5)

 

こちらは確か

立川のディスクユニオンで

見つけたのだったと思います。

 

シングル盤に収録された

110曲を網羅したもので

岸洋子が亡くなったのは

1992年の12月ですけど

本盤に収められた最後のシングル以降

レコードを出していないため

はからずもシングル盤全集となりました。

 

 

収録曲を確認してみたら

4枚目に「ピエロのトランペット」

という曲名が載っています。

 

『岸 洋子 うたの箱』DISC4

(デザインはディスク全て同じ)

 

さっそく聴いてみたんですが

どうも浩子さんの紹介とは

内容が違う感じでして。

 

 

ライナーには原題が

La Promda del Padliaccio

と表記されていて

これがまず誤植っぽい。

 

ピエロはイタリア語で

pagliaccio ですし

promda は意味が分からない。

 

pagliaccio の g が d になるのは

ありがちかもしれないですけど

promda が tromba の誤植だとしたら

あまりにも空目が酷すぎる。

 

 

まあ、それでも

誤植があるとはいえ

原題は合ってるっぽい。

 

作詩作曲者・訳詩編曲者は

どうかといえば

以下のように表示されています。

 

S. Tuminelli・作詩/中山和子・訳詩

Famauri・作曲/若松正司・編曲

 

作詩者のファースト・ネームは

サンドロ Sandro らしいですけど

本曲はラストネームだけが

表示されるのが通例のようです。

 

『みんなのうた』版の

作詩者のデータは

ヒットしないんですけど

編曲者以外は同じなので

同じ曲で間違いないはず。

 

ところが――

 

 

岸洋子シングル盤の訳詩は

大人になったらピエロになりたい

と言っていた少年が死に

その少年=ピエロを追い求める

母親の視点からの歌になってます。

 

『みんなのうた』のように

手品師がハンカチを振るって

ピエロ以外のサーカスの全てを消し

消えたサーカスを探して彷徨うピエロ

という内容では全然ありません。

 

 

失礼ながら最初

浩子さんの記憶違いか

と思い、検索してみると

岸洋子版の音源はヒットしませんが

1978年の東京放送児童合唱団版や

そのカバー版である

西六郷少年少女合唱団版はヒットするので

それを聴いてみたところ

記憶違いではないことが分かります。

 

1965年版と1978年版では

歌詩が違うのかもしれない

という可能性も

僅かながらありますが

浩子さんは子供のころ聴いた

と書いていますから

1965年版で間違いないでしょう。

 

もしかして原詩は

岸洋子シングル盤に近いのかも

と思って検索してみたら

IKEDA Yutaka さんの

「夏の扉へ」というブログに

原詩が載っておりました。

 

さっそくDeepLの

無料版で翻訳してみたところ

微妙に異なるところもありますが

やはり『みんなのうた』版の歌詩に近い。

 

こうなるとやはり

岸洋子シングル盤の歌詩は

新たに書き起こされたものか

改作されたものだと

思わざるを得ないのでした。

 

 

岸洋子シングル盤では

「ボン・ソワール・モン・アムール

(夜空のトランペット)」

という曲がA面です。

 

これはニニ・ロッソの曲

Il silenzio がオリジナルで

意味は「静寂」です。

 

Bonsoir mon amour というのは

ダリダが1965年にリリースした

アルバムで歌った時の副題で

Il silenzio (Bonsoir mon amour)

と表示されることが

多いようです。

 

それはそれとして

カタカナ表記にするなら

「ボン・ソワール」は

「ボンソワール」とすべきでしょうが

原盤が出た当時の表記のままであり

誤記にも時代色が感じられる

というべきか何というか。( ̄▽ ̄)

 

 

ライナーには

Bally, Bernet・作詩/音羽たかし・訳詩

N. Rosso & Brezza・作曲/若松正司・編曲

とクレジットされています。

 

ニニ・ロッソの「ニニ」は

通称ないし愛称らしく

出生名のフルネームが

Raffaele Celeste Rosso なので

海外では Celeste Rosso と

クレジットされる場合も

あるようです。

 

作詩者のフルネームはそれぞれ

Hubert Bally と Ralph Bernet

作曲者 Brezza の出生名は

Willy Guglielmo Brezza(1935〜1996)で

Willy Brezza と表記されることが

多いようです。

 

 

閑話休題。

 

ダリダの曲が

「夜空のトランペット」を

基にしているものですから

そのカバー曲のカップリングに

トランペットつながりで

「ピエロのトランペット」を配した

と考えると腑に落ちますね。

 

それは腑に落ちるんですが

訳詩が改変されている理由は

腑に落ちないというか

『みんなのうた』バージョンだと

A面曲の世界観と合わないと判断されて

変えられたんでしょうかね。

 

そのため

曲名は同じなのに

『みんなのうた』バージョンとは

違う歌が収められることになり

自分のような慌てものが

収録されている! と思って

買ってしまうことになる

という弊害? を生んだわけです。

 

もっとも自分の場合

「ピエロのトランペット」目当てで

ボックスを買ったのではないため

直接的な被害を受けた気はしませんが

ぬか喜びをさせたという意味では

弊害かもしれないなあ。

 

ブログのネタになって

良かったとはいえそうですが

原曲の作詩作曲者を調べるのに

時間を取らされたので

その意味でもやっぱり

弊害でしょうか。

 

それにしても

日本のレコード製作者の

ライナー作成のいい加減さを

あらためて

認識させられたことでした。

 

 

ボックスの仕様について補足しておけば

表紙裏表紙を入れて

90ページ近いライナーには

各曲の歌詩のほか

安倍寧「同時代人に岸洋子のいることのしあわせ」

和田誠「岸 洋子さんのこと」

岸洋子「思い出すままに」

という文章が載っており

これは資料として貴重でした。

 

各シングル盤のリリース年は別添の

「オリジナル・シングル・ジャケット・レプリカ集」

の方に掲載されています。

 

『岸 洋子 うたの箱』封入物

(一番上の黄色いのがライナー)

 

「レプリカ集」としてジャケットが

カラーで復刻されているのは

いいんですけど

8枚しか復刻されておらず

他数枚がモノクロで

ライナーに載っているだけ

というのは、いかがなものか。

 

レコード番号などは掲載されておらず

ディスコグラフィの資料としては

中途半端なものなのだと

いわざるを得ないのでした。

 

 

著作権処理だけでも

大変な作業だとは思うものの

60周年事業のひとつらしいのに

これでいいのかしらん

と思わないでもありません。

 

出してくれただけでも御の字

というべきなのかも

しれませんけど

ダメなところはダメ

といっておかないと

弊風は直らないと思うので

あえて苦言を呈しておく次第です。

 

中古で買っているくせによくいうよ

と言われそうですけど。( ̄▽ ̄)