『漱石の白百合、三島の松』

(中公文庫、2022年6月25日発行)

 

副題に「近代文学植物誌」とある通り

日本近代文学の

主として小説に描かれている

植物をめぐる記述について

もろもろ書かれたエッセイです。

 

 

著者は

以前当ブログで紹介した

『スキマの植物図鑑』(2014)と

『スキマの植物の世界』(2015)を

書いたのと同じ人です。

 

両方とも面白かったので

同じ著者の『漱石の白くない白百合』を

 

『漱石の白くない白百合』

(文藝春秋、1993年4月25日発行)

 

古本で購入しておいたのですが

そちらを読み終えないうちに

まさかの文庫化なのでした。

 

 

ただし初刊本と文庫本とで

若干の差し替えがあり

文庫本で追加された文章も

あるだけではなく

いくつかの文章には

文庫版のための追記もあります。

 

初刊本にあって文庫本にないのは

「“動物派”井伏鱒二の科学用語」と

「紅葉のメカニズムと『伊勢物語』」の二編。

 

後者は対象が近代文学ではないため

外されたのであろうことは

想像がつきます。

 

前者については

植物についてふれている箇所も

ないわけではので

削られたのが惜しまれます。

 

その意味では

初刊本を買っておいて

良かったわけですけど。

 

 

初刊本には本文扉に

「漱石の白くない白百合」他で

話題の中心となった

山百合のカラー写真が

載っています。

 

文庫本にも

当のエッセイ中に

写真が掲げられていますが

白黒写真なのが惜しい。

 

文章の内容からして

ここはやっぱり

カラー写真が欲しいところ。

 

初刊本の同じ文章には

山百合と鹿子百合が

イラストで掲載されていて

これはこれで

ありがたいですね。

 

その他、白黒ではありますけど

文庫本の方にはない

紅茸の写真や藤蔓の写真が

載っているのもありがたい。

 

(その代わりに

 文庫本の方にしかない

 写真や図版もありますけど)

 

そんなこともあって

初刊本を買っておいて正解、

必ずしも損ではなかったと

思って(慰めて? w)います。

 

 

それはともあれ

本書の白眉は

漱石が『それから』で描く白百合が

いわゆる白百合ではないことを

証明するくだりや

三島由紀夫が松を知らなかった

という逸話は誤解だと

説明するくだり。

 

そして

泉鏡花や梶井基次郎の

作中に出てくる

「ごんごんごま」の正体を

解き明かしていることでしょう。

 

 

特に「ごんごんごま」については

初刊本刊行後に

各方面から説が寄せられて

突き止められたこともあり

初刊本しか読んでないと

謎のままに終わってわけで。

 

それだけに

文庫化に際して

その後の文章が収録されたのは

たいへんありがたい。

 

その正体については

ここでは伏せておくことにしますが

当ブログでも取り上げたことのある

野草(雑草)だったので

妙に嬉しくなっちゃいました。

 

 

その他、個人的には

昔(中学生か高校生の頃)

読んで気になっていた

安部公房「デンドロカカリヤ」の

題名になっている植物の正体が

分かったのが嬉しい。

 

あと、文庫版の追記にもある通り

「小説とチフスの役割」は

新型コロナ・ウイルスが

猖獗を極めている現在だと

ひときわ印象的だったりします。

 

 

ちなみに

後者の文章には

文部省が細菌も植物学の管轄としている

というくだりがあります。

 

そのため本書に

収録されているわけですが

文部省が文部科学省になった

2001年以降も

細菌が植物学の管轄と

されているのかどうかは

寡聞にして不詳です。

 

追記には

何も書かれてないので

今でも変わらないのかも

しれませんけど。

 

 

店頭で見つけたとき

すぐに買ったにもかかわらず

もろもろありまして

買ってから読み終わるまでに

時間がかかりましたが

近代文学(小説)好きで

植物に関心のある人なら

(漱石好きならなおのこと)

楽しく一気に読めること請け合い。

 

ちょうど今の自分に

ぴったり当てはまる1冊でもあり

初刊本を買っていて

複雑な気分ではあるものの

ハンディな文庫での再刊を

素直に喜びたいと思います。

 

初刊本にはなかった

作品名索引もついてますので

書店でそこを見て

購入するかどうかを

決めてもいいかもしれませんね。