1940年から1967年にかけて、

スイスのドイツ語圏および

ドイツのライプツィヒに社を構える

アルベルト・ミュラー出版社から、

AM選書 AM-Auswahl という

ミステリ叢書が刊行されていました。

 

北欧やイタリアのミステリを

中心的に収録していたことで

コアな海外ミステリ・マニアに

よく知られているかと思いますけど

北欧やイタリアの作家以外では

アメリカ作家の名前も

ちらほらと見かけられます。

 

その中には

ジョン・ディクスン・カー

別名カーター・ディクスンの作品も

人気があったのか

多く収録されてました。

 

AM選書の第1巻は

『白い僧院の殺人』でしたし

第二次大戦中に刊行された

60冊ほどの中に

1ダースものカー作品を

確認することができます。

 

その1ダースの作品中

未読が2冊あったんですが

そのうちの1冊である

『五つの箱の死』の内容を

ちょっと確認しときたいと思い

読んでみることにしました。

 

『五つの箱の死』ポケミス初版

(1938/西田政治訳、

 ハヤカワ・ミステリ、1957.4.15)

 

『五つの箱の死』は

ジョン・ディクスン・カーが

別名義で発表した作品で

ヘンリー・メリヴェール卿(通称HM卿)

という探偵役が登場する

シリーズの第8作目です。

 

あらすじは以下の通り。

 

深夜まで研究を続けていた毒物学研究所員のサンダース博士は、帰宅の途上、若い女に呼び止められる。遺言を残して家を出た父親の様子を見るために訪問先まで付いてきて欲しいという。承知したサンダースが、娘の父の訪問先をうかがってみると、主人と思しき男が刺し殺されており、娘の父親を含む三人の男女が、毒を盛られて意識不明の重体だった。警察の捜査が進むにつれて、何ぴとも毒を盛ることは不可能であることが明らかとなり、HM卿の出馬と相成るが……。

 

ところで

カーといえば密室

というのがお約束ですが

本作品にも密室状況が出てきます。

 

ただし

解決はスマートながら

『三つの棺」や『ユダの窓』のような

トリックの面白さを期待すると

失望するでしょうけど。

 

本作品の場合

密室トリックではなく

毒殺トリックがメインで

密室状況によって

毒を混入する機会の不可能性が

高まるように

書かれていると思います。

 

その毒殺トリックは

ああこれか、というくらい

ミステリ・クイズではお馴染みのもので

自分も知ってたはずですが

最後まで気づきませんでした。

 

 

そのトリックを成立させる

ある「もの」が

すでにこの時代にあったのか

という驚きは別として

トリック自体は

短編ネタといえそうな

簡単ないし単純なものです。

 

それよりも

奇妙な背景を持つ

複数の関係者を配して

複雑な長編に仕上げているあたり

この時期のカーの真骨頂で

犯人は実に意外な人物でした。

 

訳者が訳者だけに

一癖も二癖もある

複数の登場人物が織りなす

ドタバタを含む面白さや迷宮感が

充分に伝わっているとは思えず

不自然さばかり鼻につく

というのが惜しい。

 

お約束ともいうべき

メリヴェール卿の

ケッサクな登場ぶりなども

訳が悪いにもかかわらず

大笑いできるだけに

惜しいとしかいいようがなく。

 

最近は古典の新訳ばやりですが

本作品などは新訳されれば

魅力は倍増しになりそうです。

 

 

詳しくは書けませんが

書き方にも工夫が見られ

それが分かっただけでも

個人的には読んだ甲斐がありました。

 

それが何かというのは

詳しく書けないのが

残念ですけど。

 

 

ちなみに本書は

のちに再版されています。

 

『五つの箱の死』ポケミス再版

(1989年11月30日再版発行)

 

今回、読んだのは再版本の方で

再版が出た時は

喜んで買ったものでしたが

にもかかわらず

今まで未読だったという。( ̄▽ ̄;)


中身はもちろん同じですが

(どちらも解説の類いはなし)

裏表紙のあらすじや著者近影は

微妙に違ってます。

 

『五つの箱の死』新旧・表4

(左が初版、右が再版)

 

だから買ったのではなく

再版を読む前に

初版を(たぶん安く)

見つけてしまっただけのこと。

 

マニア心を止められませんでした。(^^;ゞ

 

 

ちなみに邦題は

Death in Five Boxes という

原題の直訳で

実際に作中に

五つの箱が出てきます。

 

読む前は何なのかなあ

と思っていたんですが

その箱を開いたら死ぬ

とかいうような

オカルト趣味のものでは

ありませんでした。

 

何かをもじってるのかと思い

辞書を繙いてみると

in a box に「途方に暮れて」

という意味が載ってましたから

その五倍、途方に暮れる状況

というようなニュアンスかも。

 

だとすれば、まあ

話がゴタゴタしていても

しょうがないわけです。( ̄▽ ̄)