レックス・スタウトの
ネロ・ウルフ・シリーズについては
以前こちらのブログでも
『毒蛇』(1934)を
取り上げたことがあります。
そのときにも書きましたが
シリーズそのものは
本格ミステリに分類されてますけど
実際に読んでみると
あまり本格という感じがしない。
ですから
長編の代表作を除いて
あまり手にとることもなく
中・短編ともなると
これまでほとんど
読んだことがありません。
ウルフものの中・短編集は
アメリカでは10冊以上
出ていたのですが
日本ではその単行本の形で
訳されることがなく
雑誌にぽつぽつと訳される
という状況が続いていました。
その状況が変わったのは
論創海外ミステリという叢書に
日本の独自編集による作品集が
入り始めてからのことです。
最初に出たのが2014年のことで
それ以来、ほぼ1年おきに
上梓されてきましたが
来年また1冊、出るようです。
そこで思い立って
これまでに出た中・短編集を
読んでみることにしました。
論創海外ミステリから最初に出た3冊は
〈ネロ・ウルフの事件簿〉という
通しタイトルが付いており
1冊を除いて
収録作を副題としています。
下がその最初の2冊。
(左:鬼頭玲子訳、論創社、2014.9.25
右:鬼頭玲子訳、論創社、2015.10.30)
写真左には
表題作「黒い蘭」の他
「献花無用」と
「ニセモノは殺人のはじまり」の2編、
そして「ネロ・ウルフはなぜ蘭が好きか」
というエッセイが収録されています。
写真右には表題作
「ようこそ、死のパーティーへ」の他
「翼の生えた銃」と
「『ダズル・ダン』殺害事件」の2編、
そして作品に出てくる料理のレシピが
抄録されています。
このうち「黒い蘭」と
「ようこそ、死のパーティーへ」は
2作合わせて、1942年に
Black Orchids というタイトルの下
まとめられました。
その2作のみ第2次大戦前の作品で
他は1940年代後半から
1960年代にかけて
発表されたものです。
Black Orchids は
最初にまとめられた中編集
ということもあってか
ウルフの助手
アーチー・グッドウィンの
まえがき、なかがき、あとがきが
書き下ろされています。
論創社版の作品集にも
そのグッドウィンの補足が
訳されているものの
作品自体が2分冊になったため
初刊時の演出を楽しむためには
2冊揃えないといけません。
初めて出た時は
1年、間が空いたわけで
当時の読者は、さぞ
やきもきさせられたことでしょう。
上の写真でも分かる通り
論創社版のカバー・アートは
2冊並べると1枚の絵になるようで
これまた初めて出た時には気づきにくい。
いずれにせよ
遅れてきた読者の方が
十全に楽しめるわけです。
というのは
今まで読まずにきた
いいわけではありませんよ(笑)
収録作の中では
いわゆる本格ミステリとしてみると
「献花無用」と「翼の生えた銃」が
面白かったです。
「訳者あとがき」によれば
世間でも評判が定まっているという
「翼の生えた銃」は
アガサ・クリスティーの
某長編を思い出させなくもない
忘れ難いアイデアが使われていて
なるほどと頷かれる出来栄えでした。
単に犯人を当てれば済むわけではなく
依頼人の要求を満たすには
どのように解決していけばいいか
という手順を問題にしているあたりも
なかなか良かったです。
「翼の生えた銃」に限りませんが
ウルフは真相の当たりをつけて
それが妥当かどうかを見極めるために
関係者を呼び出して反応をうかがったり
罠をかけたりするという方法を採ります。
真相の当たりを付けるきっかけは
無実であれば
こういう振る舞いをしないはず
というふうに
関係者の見かけの行動から判断され
そこから証拠を集め始める場合が多い。
つまり最初から真相を見極め
証拠を見極めているわけではなくて
その時々の状況ないし反応に基づき
推理し判断を重ねることで
真相に迫っていくわけです。
これは
小説の途中で手がかりを提示し
名探偵が真相を語る前に
読者に真相を当てさせる
といった体の本格ものに比べると
ずいぶんと感触が違う。
ネロ・ウルフものを読んでいて
本格ミステリだと感じられないのは
上記のようなスタイルの違いに
理由があるのではないか
とか思ったことでした。
ネロ・ウルフ・シリーズは
いってみれば
罠かけもののミステリです。
罠かけものは
本格ものとして考えた場合
あまり好きなタイプではないのですが
罠をかける判断をする際に
推理しているわけですから
仮に〈読者への挑戦〉型のミステリとして
本シリーズを評価するのであれば
ウルフが罠をかけようと思ったきっかけ、
捜査のとっかかりを得た根拠を
当てることが求められている
ということになりましょうか。
そのように考えれば
ウルフ・シリーズが
本格ミステリであるといわれても
納得がいくような気がします。
単にキャラクター小説であるだけではない
本格ミステリとしてのポイントは
そういうところかなと。
ちなみに
「ようこそ、死のパーティーへ」と
「『ダズル・ダン』殺害事件」は
猿が絡むミステリーでもありました。
猿が干支の年の初頭に
ネタに使える話だったんですが
ここで取り上げてしまったので
今後、使えないのが残念。
惜しいことをしました。