『カトリーヌはどこへ』

(1976/岡村孝一訳、

 ハヤカワ・ミステリ、1977.10.31)

 

というわけで

翻訳が出ている

ルイ・C・トーマの長編の

残り1作を読み終わりました。

 

結論からいうと

『死のミストラル』(1975)ほど

感銘は受けなかったのですが

『悪魔のようなあなた』(1962)や

『共犯の女』(1966)に比べると

プロットや構成の工夫という点で

『死のミストラル』同様

一日の長がある

という印象でした。

 

ぶっちゃけ

より英米のミステリに

似てきたという感じがします。

(最後の処理は特にそんな感じ)

 

 

本作品は法廷場面から始まります。

 

主人公の学校教師は

有罪であれば死刑に相当する罪で

裁判にかけられていますが

どのような事件が起きたのか

伏せられたまま

事件発生の3日前へと

カットバックして

物語が進行していきます。

 

1日が終わるごとに

法廷場面に戻るので

最初のうち、読み手にとっては

どういう事件が起きたのか

ということが

興味の中心になります。

 

死刑相当の罪ですから

殺人事件であることは

見当がつくわけで

主人公が誰を殺すのか

ということが興味をそそって

ページをめくる手を

進ませることになります。

 

 

まあ、理想的にいえば

そうなんですけど

正直なところ

今ひとつサスペンスが盛り上がらない

という感じでした。

 

最終的に

サスペンスが盛り上がったのは

どんな事件が起きたかが

分かってからで

それが分かるのが260ページ中

240ページを過ぎた頃。

 

そこから俄然

面白くなるのですが

残りが20ページほどしかなく

ちょっと計算違いでは

とか思ったり。

 

 

主人公が

自分の与り知らぬところで

何かがたくらまれている

と思うあたりは

『悪魔のようなあなた』に出てきた

迫害妄想のヴァリエーション。

 

主人公をめぐって

二人の女性が

精神的な闘争を展開するのは

『共犯の女』を

連想させなくもない。

(『死のミストラル』にも

そういう側面がありました)

 

つまり作者は

自分の得意なモチーフを

うまく組み合わせて

新しい物語に

仕立てているわけです。

 

そういうプロットに

法廷場面と

妻の失踪というストーリーを

組み合わせているわけで

全体としては

よく練られた話だと思います。

 

 

これで

最後に法廷に現われた証人の

証言に対する伏線が張られていれば

思わず膝を打っていたことでしょう。

 

実際のところは

ながながと事件の経緯を読まされて

残り20ページでバタバタと終息

という印象を持ってしまい

長編に短編のオチを足した

という感じが拭えないのですね。

 

 

ちなみに

法廷場面があって

判決が焦点となる物語で

最後に決め手となる証言が出る

というのは

『黄色い部屋の秘密』(1907)を始め

19世紀後半から20世紀にかけての

フランス・ミステリに

よくあるパターンであることも

思い出されました。

 

日本では

「疑獄譚[ぎごくものがたり]」

などと名づけられ

黒岩涙香の翻案を通して

たいへんよく読まれたものです。

 

物語としては

そういう古いパターンを

リニューアルしてみせているわけで

そこらへんは興味深いのですが

1970年代半ばに出た作品として

やや古風な印象を拭えないところも

なきにしもあらず。

 

ただ、17〜18世紀であれば

ストレートに表現できないモチーフが

描かれているあたりは

さすがに1970年代の小説

といったところかもしれません。

 

あるいは

昔であれば書けなかったであろう

そのモチーフが

本書のキモかもしれませんけど

それから50年近くが過ぎた現在では

古色蒼然としている感は否めず

(と、自分は思います)

それで死ぬ人がいるかしら?

と思ってしまうわけなのでした。

 

 

ちなみに原題は

Pour le meilleur et pour le pire

手許の辞書を繰ってみると

être unis pour le meilleur et pour le pire

という成句が載っており

「順境にあっても逆境にあっても離れない、

 苦楽をともにする」

という訳が付いてました。

 

なんだか

教会での結婚の誓いっぽいし

翻訳小説のタイトルにも見られる

「死が二人をわかつまで」

と同じニュアンスなのかも。

 

それを知って真相を顧みると

感慨深いものを覚えますが

真相の内容からすれば

邦題としては

現行のものがベターでしょうか。

 

 

ペタしてね

 

 

 

●訂正(翌日1:10ごろの)

 

「17世紀後半から18世紀にかけての」

   ↓

「19世紀後半から20世紀にかけての」

 

よく間違えます。(^^;ゞ