(1975/岡村孝一訳、
ハヤカワ・ミステリ、1976.9.15)
ルイ・C・トーマの邦訳第3弾。
1982年8月9日〜9月3日に
NHKの「銀河テレビ小説」枠で
連続ドラマ化された他
1979年2月17日に
「土曜ワイド劇場」枠でも
2時間ドラマ化されたそうです。
「銀河テレビ小説」版は
《夏に逝く女》というタイトルで
主演は鹿賀丈史と名取裕子。
「土曜ワイド劇場」版は
《風の訪問者》というタイトルで
黒沢年男と真野響子だとか。
なお
《風の訪問者》の放送月日は
Samurai Spirit さんの記事に
拠っています。
《夏に逝く女》の方は
ハヤカワ・ミステリ文庫で
再刊された際のオビに
書いてありました。
(ハヤカワ・ミステリ文庫、1982.7.15)
こちらは刊行時
新刊で買ったものではなく
最近、古本で購入したものです。
映像化されて
スチールを載せたカバーは
個人的に好みではないのですが
NHKのドラマの場合
映像が残っていないことが多いので
(本作がどうかは知りません)
資料としては貴重かも。
文庫盤が出た時は
すでにポケミス版を
古本で買ってたかどうか
(古本で200円でした)
覚えていませんが
例によって今回が初読です。(^^;ゞ
ミストラルが吹く夜
建築家のジルベールは
見知らぬ男の訪問を受けます。
男の話によれば
新婚旅行に向かう途中
ジルベールの運転する車と
接触事故を起こしたために
妻が死んでしまった
その復讐に来たのだというのですが
ジルベールは記憶していない。
二人がもみ合ううちに
相手を殺してしまったジルベールは
妻が運転していた時の事故だと知り
死体を始末することにしますが……
というお話です。
これまでトーマの作品を
続けて読んできたわけですけど
それらとは明らかに
タッチが違うといいますか
小説としての書き込みが
充実している印象を受けました。
これまで読んだ作品は
Aというキャラクターと
Bというキャラクター、
Cというキャラクターを
ある状況に投げ込んで
どういう化学反応を起こすか
その経緯を描くという印象が強く
結末まで一直線という感じでした。
今回の『死のミストラル』も
ある状況にキャラクターを投げ込む
という点では変わりませんけど
途中で視点が代わり
サスペンスの位相が変わる
というところがあって
ストーリーやプロットが
重層的になっています。
途中までは
ありふれたサスペンスものと思い
あとは警察に追い詰められるだけか
という感じで
ちょっとダレてたんですけど
その視点が変わるところ
(第11章、128ページ
文庫版では179ページ)から
こちらの予想とは違う展開になり
リーダビリティーが一気に増しました。
またジルベールの、
死体を遺棄する時に犯したミス
(現場に残した痕跡など)が
結末の状況に
すべてつながるあたりは
謎解きミステリで
伏線が収束する妙にも似ており
思わず膝を叩いた次第です。
あと、これまでの作品に比べ
日本に置き換えても
通用しそうなくらい
キャラクターの生活感が
リアルに感じられるので
(だからドラマの原作として
採用されたわけでしょうけど)
たいへん読みやすかったですね。
ポケミスの「訳者あとがき」には
「当り前すぎるような日常の中で、
どこにでもいるような男や女が、
一つの現実から逃れようとして、
それまで考えてもみなかった道へ
踏み込む。その行為がたまたま
社会的に犯罪と呼ばれて、
追及を受けねばならない……
そうしたストーリー展開を
持っていることが多い」(p.214)
と書いてあります。
これだけ読むと
松本清張に代表される
社会派推理小説を
連想しますけど
本書に限っていえば
上に書いたような理由で
日常派のミステリとは
ちょっと違う気がしています。
同じ頃、日本で人気のあった
パトリック・クェンティンの
『わが子は殺人者』(1954)
以降の作風に似ている感じ
とでもいいましょうか。
その点でも英米ミステリに近い
という印象を受けますね。
上掲のあらすじでも分かる通り
本書においても
自動車が重要な役割を果たします。
実は、ルイ・C・トーマは
第2次大戦後、自動車事故で失明し
その後、作家としてデビューする
という経歴の持ち主なのでした。
それを踏まえるなら
フレデリック・ダール『蝮のような女』の
訳者あとがきで書かれていた
「深層心理学によって解釈できるような
シンボル」を「内在」させている
モチーフが観察されるというのは
ダールよりもトーマの方にこそ
いえることだという気がします。
あと
原題は La place du mort で
「死ぬ男の立場」という意味だと
訳者あとがきにはありますけど
手許の辞書には
place du mort に
「(車の)助手席」という
訳語がついています。
助手席の人間の死ぬ率が
かつては高かったことに
由来するんでしょうけど
それ以上に驚いたのは
明らかに内容を踏まえた
掛詞的タイトルであること。
どの車の助手席に
誰が座っていたのかを考えると
なかなか意味深なタイトルにも
なってくるわけですが
それは読んだ人だけが気づく
お楽しみなので
これ以上の説明は
避けてくことにしましょう。
ところで
ポケミス版のオビに
フランス推理小説大賞受賞
とありますけど
正しくは
ミステリ批評家大賞受賞作。
(文庫版ではそうなってます。
ちなみに文庫版の解説は
先ごろ亡くなった藤田宜永)
オビ裏ではさらに
『共犯の女』に続く二度目の受賞
とも書いてありますが
これが二重の意味で
誤りであることは
以前、当ブログでも
書いた通りです。
ルイ・C・トーマの長編は
あと1冊、訳されています。
『死のミストラル』が
面白かったので
そちらも、ちょっと
読んでみたくなりました。