『マドモアゼル・ムーシェの殺人』

(1976/講談社文庫、長島良三訳、1983.8.15)

 

こちらはいつだったか

どこでだったかも忘れましたが

そんなふうに忘れるくらい、かなり前に

古本で買っておいたものです。

(定価480円のところ「¥200」と

 最終ページに鉛筆で書き込みあり)

 

カバーにも中扉にも、奥付でさえ

作者名が「ドムーゾン」とあるだけで

前付けの原題表示は

DOMOUZON "MOUCHE"

とあるだけなんですが

訳者あとがきを読むと

理由が何となく分かりました。

 

プレス・ド・ラ・シテ社が

ジョルジュ・シムノンの本を出したとき

表紙に「SIMENON」と大書したそうで

それを真似てか、本書の原書にも

「DOMOUZON」

としか入ってないらしく

日本版もそれに倣ったものと思しい。

 

でも訳者あとがきにはちゃんと

「アラン・ドムーゾン」とあるので

せめて奥付ぐらいは

フル・ネームで表示してほしかったし

フランスの原本を真似るのなら

ドムーゾン

と大きいゴチック活字でも使って

表示するぐらいの洒落っ気が欲しかった

と思わずにはいられません。

 

 

閑話休題。

 

 

フランスの地方都市にある

私立探偵社の調査員フレシューが

老婦人から指名で

孫娘を探してほしいと依頼されます。

 

翌日、さらに詳しい話を聞くために

老婦人の住居を訪ねると

家政婦が昏倒しており

老婦人が死んでいるのを発見。

 

老婦人宅に残されていた

試写会の招待状を手がかりに

パリの映画会社へ向かったフレシューは

老婦人の孫娘が

ムーシュという通称で

通っていることを知ります。

 

ところがその足どりをたどる先々で

次々と殺人事件が起きてしまい

警察に追われることになり

ついには……というお話です。

 

 

最初は、孫娘の失踪調査という

ステレオタイプなハードボイルド

という感じで始まったんですが

フレシューがパリにやって来てからは

訪ね歩いた関係者が次々と死んでいく

という展開を見せます。

 

それもまあ

ステレオタイプといえば

ステレオタイプかもしれませんが

ちょっと安っぽいと思っていたところ

最後の60ページになって

怒濤の結末を迎えたのには

ちょっとびっくり。

 

「怒濤の結末」といっても

ものすごいドンデン返し、

トリッキーでびっくり

とかいうのではありません。

 

それでも、最後の1行には

しみじみとした感慨を覚えました。

 

 

訳者あとがきでは

結末の展開を

ちょっとだけ明かしてます。

 

自分は、今回は幸い

読了前に目を通さなかったので

結末の展開にも

しみじみと感じ入ることが

できたわけですけど

もしかしたら

今まで積ん読だったのは

古本で買った時、訳者あとがきを

先に読んじゃったからかも。

 

 

読後に思ったのは

(分かる人にだけ

分かる書き方になりますが)

ステファノ・ターニの評論

『やぶれさる探偵』(1984)で

取り上げられても

おかしくないようなプロット

ということでした。

 

ターニが論の対象にしていた

アメリカのあるミステリを

連想したりもしたんですけど

よくよく考えてみれば

フランスにも

『シンデレラの罠』(1962)という

敗北する探偵ものといえる作品が

ありましたっけ。

 

 

ドムーゾンの『ムーシュ』に登場する

ロベール・フレシュー探偵は

最初はよく分かりませんでしたが

読んで行くうちに

45歳の中年だと分かってきます。

 

実に年相応に

キャラクターが立っていて

魅力的でしたし

45歳の男性が持つ

ある種の不器用さと

ある種のノスタルジーが

その魅力に与っているように

感じられる次第です。

 

それはアラフィフもとうに過ぎた

今の自分だからこそ

感じられる魅力かも知れず

その意味では今こそ

自分にとって読みごろだった

という気もしています。

 

 

あと、フレシューが

行動を促すきっかけとして

推理が示されることが意外と多く

それも印象に残りました。

 

フランス・ミステリの

探偵役の行動原理は

探偵役自身によってはもちろん

語り手によっても

言語化されないことが多い

という印象があるんですよね。

 

そのため読んでいて

なんでそういうふうに動くわけ?

と思ってしまうことが

よくあるんですけど

本書に関してはそういう

納得のいかなさがありませんでした。

 

これはフランス・ミステリにおいては

なかなか珍しいことではないか

と思います。

 

ドムーゾンには

『ミステリー・ゲーム13の謎』(1984)

という著書もありますから

意外とクイズ気質

ないしはゲーム気質なのかも。

 

 

ドムーゾンの作品は

講談社文庫から、もう一冊

訳されています。

 

そちらは持ってなかったんですが

気になっていて

古本を注文したばかり。

 

注文しといて良かった良かった。

 

 

ペタしてね