『ルネサンス・バロック名曲名盤100』
(音楽之友社 ON BOOKS、1992)の
カバー裏の著者紹介には
「この人がワインの本を著している
と聞けば驚く人もいるだろうが、
ただの学者ではない趣味人」
という一節があります。
それを目にして以来
気になっていたところ
古本で見つけたのが
『ワインのたのしみ方』でした。
(1973/光文社文庫、1985.6.20)
親本は、1973年に
主婦と生活社から刊行されましたが
いまだに見たことがありません。
1973年に刊行された本が
その12年後に文庫化されて
情報が新しくなっているのかどうか
初刊本を見つけてませんし
分かりませんけど
文庫本が出てから数えても
35年も経ってますから
もはや現状に即さないのは明らか。
それでもまだ
いわば時代の証言を記した
一種の史料として
また、著者の人柄を知る上でも
価値があるといえましょうか。
例によって今回が初読ですけど
興味深かったのが
日本人の酒の呑み方や
日本酒の呑み方に対して
難色を示している件り。
日本の愛酒家は酒だけが主で、料理は副次的なサカナに終わらせてしまっています。つまり、料理は酒を引き立てるためのものであって、極言すれば、料理はあってもなくてもいいものといった存在にすぎません。/サシミをサカナに酒をタップリ飲んだあと、お茶漬けでおなかをゴマカすなどというのは、そうした発想の現われでありましょう。(p.13)
日本酒の愛飲家の多くは、剣菱なら剣菱、賀茂鶴なら賀茂鶴というように一つの銘柄を決めると、それを最上として、どのサカナであろうが、どの料理であろうとも、それ一本やりで押していく傾向がありますが、もし日本酒にも一つ一つの銘柄にほんとうに個性があるのでしたら(最近の傾向からみると、わたくしはここに大きな疑問符をつけざるを得ないのですが)、それは料理の内容に応じて変わっていくのがほんとうではないでしょうか。(p.15)
日本酒バーなども生まれ
料理や状況に合わせて銘柄を選ぶという
ワインのような呑み方が普及した
昨今を思えば
本書における難詰が
もはや筋違いであることは明らかで
時代の証言を記した史料たる所以です。
また
本書でメインに語られているのは
高級ないし中級といわれるもの、
「一ビン最低二千円以上するワイン」(p.234)
ということになります。
ただし皆川達夫は
デイリーワインを
必ずしも否定してはいません。
ワインのほんとうのたのしみは、いたずらに高価なワインを飲みあさることではありません。/むしろ、その人の財布に応じて、その範囲内で良いワインを探し出してたのしむことにあるはずです。(p.237)
こうした記述の後に
国産ワインについて語りはじめるのも
時代だなあという感じがします。
この本が出た当時に比べ
海外のデイリーワインの普及率は
雲泥の差があるかと思いますが
まさかこんな時代がくるなんて
1973年当時はもちろん
1985年当時にだって
予想もできなかったでしょうね。
ところで
『ルネサンス・バロック名曲名盤100』には
『ワインのたのしみ方』の著者らしい
ワイン愛好家ぶりをうかがわせる
件りがあったりします。
それは
ゲオルク・フィリップ・テレマンの
〈水上の音楽《ハンブルクの潮の満干》〉を
の紹介しているページ。
そこで皆川達夫は
「モーゼルの白葡萄酒の栓でもあけて
『この世は天国』といった調子で
この曲を楽しみたい」と書いており
「趣味人」としての顔を
ちらりと垣間見せていたことが
今でも印象に残っています。
その際に薦められていたのは
ムジカ・アンティクァ・ケルンの盤ですが
推奨盤としてあげておきながら
次のように書かれていました。
ムジカ・アンティクァ・ケルンのように正面からまるでゾリンゲンの刃物のように切りこまれてくると、葡萄酒のグラスを投げすて、ついつい居ずまいをただして傾聴せざるをえない気持ちになってきます。(略)LP時代にはスイスのヴェンツィンガー指揮バーゼル・スコラ・カントルム合奏団による、それこそ大らかな演奏(ポリドールLP 二〇MA〇〇六五廃盤)がありました。(p.209)
『CD&DVD版 洋楽渡来考』(2006)収録の
皆川達夫の半生記を読んで
ヴェンツィンガーの名前が出てきたとき
「おおっ」と思ったのは
上に引いた箇所を
憶えていたからでもありました。
ヴェンツィンガー盤、
LPなら廃盤なのは仕方ないか
と当時、思ってたんですけど
なんとその後、CD化されました。
それがこちら↓
(ポリグラム POCA-3043、1997.4.9)
ヴェンツィンガーの演奏は1961年の録音。
カップリングの
カール・リヒター指揮
イギリス室内管弦楽団の演奏による
ヘンデル《王宮の花火の音楽》は
1973年の録音になります。
これはリリース当時
店頭で見かけて
「おおっ、出たのか」と思い
買ったのではなかったかしらん。
皆川達夫の訃報に接した時
『ルネサンス・バロック名曲名盤100』の
上に引用した箇所を思い出し
久しぶりに本盤を引っぱり出してきて
追悼の意を込めて聴いてみたことでした。
あいにくと
白ワインはなかったので
生協のカタログを見た際
ついつい注文してしまった
赤ワインを開けて。
モーゼルなんて
今後も買えそうにもありませんが
せめて次は白ワインで試聴してみたい
とか思ったりしています。(^^ゞ
●修正(翌日13:14頃の)
「7年後に文庫化」と書いていたのを
「12年後に文庫化」と修正しました。
計算間違い、お恥ずかしい。m(_ _)m