(1923/渕上痩平訳、ちくま文庫、2019.1.10)
先に、池袋のジュンク堂まで
文庫の新刊を買いに行ったと書きましたが
その新刊が今回ご案内の本です。
フリーマンの作品は以前
『アンジェリーナ・フルードの謎』(1924)を
当ブログで紹介したことがありますが
同書に戦前訳があったように
今回の『キャッツ・アイ』も
戦前、『猫眼石』という邦題で
訳されています。
(近藤経一訳、平凡社、1929.11.5)
奇しくも
『アンジェリーナ・フルードの謎』の旧訳と同じ
〈世界探偵小説全集〉の1冊として
刊行されました。
今回の『キャッツ・アイ』は
90年ぶりの完訳ということになります。
旧訳の『猫眼石』は
もちろん(もちろん?)未読だったのですが
完訳版の方は、自分にしては珍しく
買ってすぐに読んだのでした。
ジェフリー・ディーヴァーの
リンカーン・ライム・シリーズにまでつながる
科学捜査を主とする名探偵の元祖
といっても過言ではない
ジョン・ソーンダイク博士が登場。
多くの作品で語り手を務める
ワトスン役のジャーヴィスは
今回、アメリカに出張中でお休み。
代わりに
もう一人のレギュラー・キャラである
アンスティ弁護士が語り手を務め
事件関係者とのロマンスが
物語に彩りを添えています。
アンスティが帰宅途上
悲鳴を聞いて駆け付けたところ
何者かと争って怪我をしている女性を発見。
彼女が言うには
自分が訪れた屋敷で殺人事件が起こり
その犯人を追っていたのだそうです。
さっそく当の屋敷を訪れると
確かに殺人事件が起きており
館の主人が集めていたコレクションが
盗難に遭っている模様でした。
被害者はアンスティの同僚弁護士の兄で
その兄の依頼でソーンダイクが
捜査に関わることになります。
指紋の検出および照合や足跡の型取りなど
全体的に古典的な科学捜査がベースとなっており
さらには、ある一族の地所の
相続に関わる証明書探しという宝探しの興味と
その隠し場所を示す暗号の興味が絡み
全体的にやや古風な印象は拭えません。
ジャコバイトの乱に絡んで
ある一族の正統な相続者の権利が
曖昧になるという事情は
アルセーヌ・ルパン・シリーズにも通ずる
伝奇的要素を連想させますし
宝探しと暗号趣味なども
コナン・ドイルを連想させなくもない。
1923年といえば
ホームズもルパンもまだ現役でしたから
当然といえば当然なのかもしれませんが。
巻末の訳者による解説には
海外の識者の評価が引かれていますが
そこで評価されているのは主として
プロットの複雑さのようです。
トリック(ないしギミック)やロジックが
興味の中心になるのではなく
江戸川乱歩のいわゆる
プロット型の探偵小説であるわけです。
プロットは複雑でも
ストーリーに目を転じれば
偽の手紙でおびき出されたヒロインが
間一髪、助けられるという
通俗小説でお馴染みの作劇法も
目につきます。
解説によれば
単行本が刊行される前に
雑誌に連載されたそうで
そのために物語性が意識されている
別のいい方をすれば
物語的興趣に富んでいるとも
いえるでしょう。
そうした味わいが
気にならない方、好きな方には
おススメできる出来栄えかと。
ソーンダイクの捜査は
相変わらず堅実かつ信頼のおけるもので
丁寧に情報を集め、積み重ね
ピースを組み合わせて事件を再構築する
といった体のものであるのに加え
法を逸脱することもないため
(むしろ法的な遺漏のなさを重視します)
無謀な行動をとることもありません。
ソーンダイクはホームズに比べると個性に乏しい
と評されることが往々にしてあるのは
そうした堅実な姿勢にもよるものだと思われますが
本書ではそんな印象を覆すような
インプレッシブな場面が最後にあったので
びっくりさせられました。
それは物語の終盤
ソーンダイクたちを罠に掛けて
殺そうとした悪党が
逆に自分の罠にかかって死ぬ場面で
アンスティは悪党たちを助けようとするし
駆けつけた警官と医師も助けようとしますけど
ソーンダイクのみはクールに
助ける必要はないという態度を示します。
アンスティが
自分たちを罠にかけた悪党を
助けねばならないと言うと
ソーンダイクは「無理だ、
そもそも、もう確実に死んでいる」
と答えます。
それを聞いてアンスティがさらに
「人道精神に照らせば」
「助ける努力をすべきだ」と言うと
「わけがわからないな」
とソーンダイクは言って
「彼らは確実に死んでいるし、
仮にそうでなくとも」
助けるために「髪の毛一本、
危険にさらす気はない」
と応じるのです。
それでも友人の言葉に従い
様子を見にいくことに同意した際
動じずに歩くソーンダイクの
穏やかな表情を見て
アンスティは
「その冷静で無関心な態度に
非人間的で近寄りがたいもの」を感じ
悪党を「どぶネズミ程度にしか見ていない」
という感想を抱くのでした。
(以上、引用は332〜333ページから)
語り手からここまで言われる名探偵
というのも、ちょっと珍しく
そのクールなありように
科学者探偵としての面目が躍如している
といっていいかもしれません。
それだけでなく
法的に遺漏なく処理されるよう
配慮を怠らないようにするあたりも
科学的というのとは別の意味でクールというか
ソーンダイクって意外とヤバいヤツ
敵に回すとコワいヤツだった
という感じですかね。
ちょうど
本年2月公開の新作アニメ
『劇場版シティーハンター』への
同じ原作者によるキャラクター
キャッツアイの登場(共演)が
話題になっている折から
まったく関係ありませんけど
騙されたつもりで読んでみるのも
いいかもしれませんね。
版元もそこを狙って
原題をカタカナ表記にして出した
というわけでは、さすがに
ないでしょうけれど。( ̄▽ ̄)