
(1924/西川直子訳、論創社、2016.9.30)
アル中で麻薬中毒の夫に
DVを受けたため
親戚を頼って
身を隠して暮していた女性が
失踪してしまいます。
しばらくして
失踪当時の持ち物が発見され始め
妻は夫に殺されたのではないか
という疑いが生まれる中
とうとう白骨死体が発見される……
というお話です。
簡単ですけど
失踪した妻の持ち物が次々と発見される
というのが
ストーリーの大半を占めるので
細部を削ると
これで済んじゃうのでした(苦笑)
語り手は
DV被害にあった女性を往診した
医師のストレンジウェイズで
彼の学生時代の友人が
シリーズ探偵であるソーンダイク博士の
友人(ジャーヴィス)だったため
ソーンダイクが事件に関わることになります。
白骨死体が発見されるまで
遺留品の発見が続くだけ
といっていいにも関わらず
飽きずに読めるのは
ソーンダイク博士が登場するから
といっても
過言ではないでしょう。
ソーンダイク博士は
今でいうところの法医学者で
シャーロック・ホームズのライヴァルとして
よく知られている名探偵キャラです。
ジェフリー・ディーヴァーが創造した
リンカーン・ライムなどは
ソーンダイク博士を
現代に甦らせたようなものだと
見ることができなくもないくらい。
安易な判断や憶測をせず
事実に即した
堅実なアプローチに徹していて
その姿勢には
好感が持てると同時に
説得力が感じられるのですね。
その反面
地味な印象を与えるのも確かで
かつては子ども向けの翻訳などが
あったものですけど
(自分もそれで読みました)
今日では子ども向けの訳書もなく
マニアはともかく、一般的には
あまり知られなくなりました。
(だと思うのですが……)
ところが本作品の真相は
地味などころか
斜め45度あたりから
直撃するような解決で
びっくりしてしまいました。
いろいろな意味で
現代的なところもありますし
誤植が多いのが難ですけど
(1ダースほど見つけました【 ̄▽ ̄】)
一読をお勧めしたいところです。
本作品をお勧めしたい理由は
もうひとつあります。
本作品は
チャールズ・ディケンズの遺作で
その死によって中絶した
『エドウィン・ドルードの謎』(1870)を
ふまえており
ドルード事件の謎解きに挑戦した作品
と目されているようです。
そこらへんの背景が
井伊順彦氏の解説に詳しく書かれており
「アンジェリーナ」という
ファースト・ネームの
出典についての記述は
たいへん勉強になりました。
その解説ではふれられてませんが
『アンジェリーナ・フルードの謎』は
横溝正史が、下掲の雑誌『宝石』

1948(昭和23)年6月号に載っている
「探偵小説質疑応答」欄で
「現在迄の世界探偵小説の
ベスト・テンをお教え下さい」
という読者の求めに応じて答えた際
第9位にあげられていました。
横溝が本作品をあげていることを
知ったときは
なぜベスト・テンに入れたんだろうと
不思議に思っていたのですが
今回、読んでみて腑に落ちました。
と同時に
戦前に刊行された本作品の旧訳書を
持っているにもかかわらず

(邦枝完二訳、平凡社、1930.4.15)
未読のままだった自分の迂闊さに
ひどく後悔させられたことでした。(^_^;)
横溝ファンなら
『アンジェリーナ・フルードの謎』の
メイン・アイデアが
横溝の某長編と似ていることに
すぐ気づくのではないかと思います。
その横溝の某長編は
戦前に抄訳された本作品の後に
発表されていますので
構想の段階で影響を受けたと
考えられなくもないですし
俺ならこう書く、という
挑戦意識があったのではないか
ということも充分あり得ます。
横溝は先のベスト・テンであげた際
『アンゼリナ・フルードの殺人事件』
と表記していますから
明らかに原書を読んでるっぽい。
原書で読んだのが
上でふれた某長編を書く
前なのか後なのか
重要なところなんですけど
仮に某長編を書く前に
未読であったとしても
書いた後に本作品を読んで
これは俺が書いたやつと同じじゃないか
という印象を持ったであろうことは
充分あり得ることではないでしょうか。
そういう経緯があって
戦後のベスト・テンに
『アンジェリーナ・フルードの謎』を
加えたのではないか
と思われるわけです。
というわけで
『アンジェリーナ・フルードの謎』は
横溝ファンなら必読の1冊
といえるでしょう。
もうどなたか
どこかで書いているかも知れませんが
ちょっと気づいたことでもあり
附記しておく次第です。
ちなみに
横溝があげた他の作品名は
『横溝正史探偵小説選 III』の
解題の最後に言及されています。

(論創社、2008.12.30)
興味のある方は
そちらでご確認いただけるのですけど
そのベスト・テンで
ロジャー・スカーレットの
『エンジェル家の殺人』(1932)が
第10位にランク・インしています。
『エンジェル家の殺人』が
横溝が書いた
超有名長編のトリックを構想する際
影響を与えたいることは
横溝ファンやマニアの間において
よく知られているかと思います。
その意味でも
『アンジェリーナ・フルードの謎』を
あげていることは
実に意味深長なことだと
思われるわけなんですけどね。
