(1945/佐々木愛訳、論創海外ミステリ、2005.1.20)
『反逆者の財布』(1941)の
次に刊行された
アルバート・キャンピオンが登場する
長編の第12作。
長編としてカウントしてます)
刊行は戦後のようですが
執筆はおそらく戦争中でしょう。
特殊任務についていたキャンピオンは
休暇をもらい
ロンドンの住まいに立ち寄って
風呂をつかっていたところ
従僕のラッグが
炊き出しで知り合った
元侯爵夫人とともに
死体を運び込んでくる
という場面から始まります。
何が起きているのかと
ラッグを問いただしているうちに
次から次へと、その場へ
関係者が現われるという
一連のシークエンスは
ドタバタ喜劇を
彷彿させなくもありません。
キャンピオンは一刻も早く
列車に乗らなくてはならないのに
結局さまざまな妨害にあって
事件の解決に乗り出さざるを得なくなる
というあたりも
ドタバタ喜劇のお約束っぽい。
『宝島』(1883)で有名な
ロバート・ルイス・スティーヴンスンに
『箱ちがい』(1889)という
やっぱり、死体をめぐって
右往左往する人々を描いた
ユーモア・ミステリがあります。
スティーヴンスンが好きだという
アリンガムの本作品も
てっきりその系統の話かと思っていると
200ページを過ぎたあたりから
本筋の、戦時下ならではの
ある犯罪がクローズ・アップされます。
その背景が分かってからは
それまで何が起こっているのか
よく分からなかった出来事が
パズルのピースがはまっていくように
ひとつの絵を描いていくあたり
アリンガムのプロットづくりと
ストーリーテリングの妙が味わえます。
最初の、死体をめぐる人々の描写も
なかなか見事なのですが
特に元侯爵夫人のキャラクターは
強烈な印象を残します。
最初、読んだ時は
喜劇的なキャラかと
思っていましたけど
今回、読み直してみて
子どものためによかれと思ってすることは
無条件に善行だと思って憚らず
結果的に迷惑であることに思いが至らない
無意識の傲慢さと愚かさ
とでもいうべきものが
残酷なくらいリアルに描かれていることに
気づかされました。
ラッグは今回
警防団員になっていて
詰所で飼っている豚を
可愛がっています。
その豚を可愛がるラッグと
オーツ警視とのやりとりを通して
笑いを誘われるところがあり
今回もラッグは
『クロエへの挽歌』(1937)の時のような
コメディ・リリーフとしての役割を
見事に果たしています。
ややストーリーが入り組んでいて
陰謀の首魁たる犯人の造形が
今ひとつ描ききれていない気もしますけど
本作品においてアリンガムは
犯人よりもむしろ
周囲によって「英雄」にされている
空軍中佐の心理を描くことに
重点を置いている気もします。
そこらへんは
『クロエへの挽歌』の中心人物である
ミュージカル俳優を連想させるところが
あるように思いました。
翻訳が出たのは2005年で
前々回、取り上げた
刊行は古いのですけど
こちらはまだ在庫があるはず。
本作品の次に刊行された
『葬儀屋の次の仕事』(1948)が
もうすぐ同じ版元から出ますので
興味のある方は
まず今回の作品から
読んでみてはいかがでしょう。
本作品を読んでおくと
『葬儀屋の次の仕事』の
最後に掲げられる
アマンダの手紙の、ある記述にも
興趣を覚えるのではないかと思います。