『判事への花束』

(1936/鈴木幸夫訳、ハヤカワ・ミステリ、1956.7.31)

 

かつては幻のポケミスとして

古書価がすごいことになってましたが

1996年に再版されたので

現在はそれなりに

妥当な値段になっているみたいですね。

 

 

同族経営の

老舗出版社の会議の席に

一族の人間でもある

社員の一人が欠席。

 

そういう気まぐれ者だと

思われていたこともあり

問題にならなかったのですが

翌日、物置に使っている地下室で

死体となって発見されます。

 

死因は一酸化中毒で

駐車場が隣接していたため

事故だと思われたのですけど

その後、殺人の疑いが出てきて

一族の一人である社員が逮捕されるに至り

その社員の友人だった

アルバート・キャンピオンが

探偵に乗り出すというお話。

 

 

本書には

法廷場面がありますので

法廷ミステリとしても

読むことができます。

 

でも、それよりは

無実の人間が裁判にかけられるものの

探偵役の活躍によって解決、

冤罪が晴れロマンスが成就するという

いわゆる

センセーション・ノベルのパターンを

ふまえていると考えた方が

妥当かと思われます。

 

 

犯人像というか

犯人の性格は

『幽霊の死』(1934)と同工異曲で

キャンピオンを罠にかけて

殺そうとするところも似てますね。

 

だから続けて読むと

勘のいい人なら

犯人の見当がつくかも。

 

このころのアリンガムは

自我を肥大させた権力的な悪人像に

関心があったように思われます。

 

 

とはいえ

『甘美なる冒険』(1933)の

悪人の首領なども

そういうキャラクターなので

これはアリンガムの人間観の現われ

ということなのかもしれません。

 

アリンガムもそこは自覚していて

続く『クロエへの挽歌』(1937)では

その人間観、書き癖を

ミスディレクションに

しているようなところが

あるようにも思うのですけど

それはまた別の話。

 

 

物語の冒頭で

数年前に路地から消えた社員がいる

というエピソードが

示されるのですけど

その謎と解決自体は

たいしたことがありません。

 

メインの事件に

さほど絡むわけではないので

どうしてこういうエピソードを入れたのか

理解に苦しむところも

なきにしもあらず。

 

もっとも

プロット上は、というか

最後に結末を付けるためには

必要だったかもしれませんけど。

 

 

そういう

釈然としないところがあるのですが

江戸川乱歩は

評論集『幻影城』(1951)の

最後に載せている

自選の「欧米長篇探偵小説

1935年以後のベスト・テン」で

『幽霊の死』ではなく

本作品を選んでいます。

 

『幽霊の死』の解説で

「ちょっと創意のあるトリックもあるし、

(略)探偵小説の筋としては

こちらの方が面白いように思った」と

書いていながら

『判事への花束』を

ランクインさせているのは

ベスト・テンを選んだ時は未読だった

ということも大きいでしょう。

 

それと同時に

おそらく脇筋の人間消失の動機

というか、消失後の失踪者のありようが

乱歩の趣味に合ったからでしょうか。

 

 

訳者の鈴木幸夫は

『手をやく捜査網』(1931)を

訳した人なんですけど

『手をやく捜査網』に比べて

訳文がこなれていないというか

固有名詞の訳し方に違和感があるし

それとは別に

誤植も目につくのが残念。

 

作者名が

「マージョリイ・アリンガム」

と印刷されているのは

自分の知るかぎり

今回の版だけ。

 

再版された時

誤植や作者名の表記は

直されているかも

知れませんけど。

 

そんなこともあり

これはぜひ改訳してほしい

と思う一編なのでした。

 

 

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