(1933/小林晋訳、新樹社ミステリ、2007.12.14)
『手をやく捜査網』(1932)に続いて刊行された
アリンガムの第6長編です。
かつては
地理的に意味のなかった爵領地が
地震の影響で交通の便が良くなり拓けたことで
地政的に重要な土地となったため
その土地の所有権を証す
三種の神器をめぐって
国家からの命を受けた名探偵と
悪漢との間で
攻防が繰り広げられる
というお話です。
『幽霊の死』(1934)以前の
いわゆる冒険小説テイストの作品に
あたります。
本作品の重要なイベントとしては
シリーズ・キャラクターの
アルバート・キャンピオンが
後に伴侶となるアマンダと初めて出会い
共に危難を乗り越えることでしょう。
アマンダは本作品では17歳で
キャンピオンは30歳。
かなり年齢は離れていますが
しばらくすれば
キャンピオンにふさわしい年頃になる
とアマンダが言うような
やりとりがあります。
結果的に後の作品で
夫婦として登場するわけですけど
イギリスの作品には
こうした年齢の離れたカップルが多い
という印象があったりするんですけど
実際のところは、どうなんでしょうね。
本書はかつて
「水車場の秘密」という邦題で
村崎敏郎の訳したものが
雑誌『別冊宝石』68号(1957)に
一挙掲載されたことがあります。
(実家にあるため
書影はアップできませんけど f^_^;)
昔、そちらの訳で一度
読んでいるのですが
キャンピオンとアマンダの出会い編
ということしか覚えておらず
細部はまったく忘れてました。
作中で描かれるアマンダとの会話で
『ミステリー・マイル』(1930)の
領主館の兄妹の妹のことが語られ
キャンピオンが彼女との関係を
引きずっていることが示唆されます。
「水車場の秘密」で読んだ当時は
『ミステリー・マイル』を
読んでいなかったというか
読めなかったので
アマンダとの関係をめぐる
キャンピオンの屈託も
分からなかったわけですけど
今回、『ミステリー・マイル』を
読んでいたことでもあり
訳文の良し悪しは別にして
初読時とは違う印象を持てたのが
ラッキーだったかなと思います。
また、上のあらすじでは
「悪漢と攻防を繰り広げる」
と書きましたけど
その悪漢が
いわゆる、ならず者ではなく
大企業のトップだというのが
現代にも通ずる感覚で
ちょっと面白かったです。
キャンピオンが
大企業のトップに会いにいく際
いろいろな場所を通らされるシーンは
本文でも映画のようだとありますけど
まさに現代の
ハリウッド映画のような趣きすら
感じられました。
こういうモダーンなところは
旧訳では感じられなかったので
読み直して正解でしたかね。
その会見の場面で
キャンピオンについて調べたデータを
トップが読み上げるシーンがあり
それで年齢も分かったわけです。
その企業のトップの最期は
かなりサディスティックなもので
007の映画を連想したりもしました。
また、三種の神器の
最後のひとつを見つけだす方法は
狙いはまったく違うのですが
山田正紀の『火神[アグニ]を盗め』(1977)を
ちょっと連想しました。
悪漢との攻防とは別に
あるキャラクターが
ある特異な行動をとる
という脇筋があって
ちょっとしたホラー・テイストを
盛り込んでいます。
これなんかも当時の題材としては
異色のような気がしますけど
通俗小説やB級映画なんかに
よく見られるものだったのかも。
本作品については
『手をやく捜査網』の
アメリカでのセールスが
良くなかったため
版元の要請で
『ミステリー・マイル』のようなものを
と依頼されて書き上げた
という事情があるようです。
とにかく盛り沢山というか
短い中に
いろんな趣向を詰めこみました感が強い。
本作品が
アメリカの読者にウケたのかどうか
寡聞にして知りませんけど
本作品以降、しばらく
この手の冒険ものを書いていないことで
推して知るべしなのかも。
続いて発表した『幽霊の死』が
大成功を収めたので
書かずに済んだ
ということなのかも
しれませんけどね。
なお、本書の巻末には
キャンピオンとアマンダの
家庭生活を垣間見せる短編
「クリスマスの言葉」が
併載されています。
ミステリでも何でもない
ちょっとしたクリスマス・ストーリーですが
犬好きの方にはおススメかも。
おととし刊行された
『キャンピオン氏の事件簿 II/幻の屋敷』に
(猪俣美江子訳、創元推理文庫、2016.8.19)
「聖夜の言葉」という題で
収録されていますから
気になる、読みたい
という方はそちらでどうぞ。(^_^)