新久美の歌う
『預言者エレミヤの哀歌:聖金曜日』を
見つける以前、
小川洋子の小説
『やさしい訴え』(1996)で
薫と瑠璃子が聴く
『預言者エレミヤの哀歌』は
誰の曲だろうと
いろいろ考えていたころのお話です。
フランソワ・クープランは
聖金曜日用の
ルソン・ド・テネブレを
作っていないということで
クープランの曲でないことは明らか。
「教えて! goo」の
ベストアンサーで
マルカントワーヌ・シャルパンティエ
(マルク=アントワーヌとも)に
聖金曜日用の曲があるけれども
小説の雰囲気に合わないと
答えられてましたけど
こればっかりは
聴いてみないと分からない。
『古楽CD100ガイド』
(国書刊行会、1996)によれば
シャルパンティエの作曲した
ルソン・ド・テネブレは
31曲あるそうです。
(pp.137-138 参照)
その中には
女声用の曲もある
ということなので
仮に聖金曜日用のものに
ソプラノ独唱のものがあれば
小川洋子の小説
『やさしい訴え』の中で聴かれている曲
と考えても
さほど違和感がない
ということになるでしょう。
もっとも
小川洋子の小説で
言及されている曲は
どれも日本語版が出ている曲
と考えてもよさそうなので
小説が発表された1996年までの間に
日本流通使用盤が出ているもの
という条件が加わりますけど。
結局
ルネ・ヤーコプス盤くらいしか
ないと思っていたのですが
とりあえず
シャルパンティエの作っている
聖金曜日用の曲を聴いてみよう
日本語の訳詞も確認してみたいし
と思って
今すぐ手に入る
ルイ・ドゥヴォ指揮のCDを
買ってみました。

(ワーナーミュージック・ジャパン
WPCS-16137~8、2015.3.11)
録音は1984年で
原盤は1986年に出ていますから
時期的には合うのですが
日本ではいつ発売されたのか
はっきりしません。
なにより、残念ながら
ソリストにソプラノ歌手は
1人も参加していませんでした。
それと
どの曲にも器楽伴奏がついていて
明らかに小説中で聴いているものとは
雰囲気が異なる感じです。
それはそれとして
シャルパンティエは
画家を志してイタリアに留学したのに
当地でジャコモ・カリッシミという
これまたバロックでは有名な作曲家の
オラトリオを聴いて
音楽家に志望を変えた人らしい。
そういうこともあって
本盤に収録されている曲は
かなりオペラティックというか
バッハの受難曲を
彷彿させるものがありました。
そういう意味では
これはこれで興味深い演奏です。
そのあとに
ジェラーヌ・レーヌ率いる
イル・セミナリオ・ムジカーレ盤で
聖金曜日用のCDを
Amazon で中古で見つけ
さっそく手に入れて
聴いてみました。

(英ヴァージン・クラシックス
VC7 59295 2、1993)
こちらは
『古楽CD100ガイド』でも
推薦盤として紹介されていた
CDでもあります。
同書を読んでから
気にはなっていたのですが
なかなか店頭で見つけられず
実に20年ぶりに
入手したことになります(しみじみ)
先に紹介した
ジェラーヌ・レーヌと
イル・セミナリオ・ムジカーレによる
フランソワ・クープランの
ルソン・ド・テネブレと同様
ルソンの読誦以外に
アンティフォナ(交誦)や
詩篇の読誦
レスポンソリウム(応誦)を配して
当時の典礼の雰囲気を
再現しようとしています。
それらの中には
新久美のCDで歌われていた
ニヴェールの書いた曲も含まれていて
ちょっと興味深いのですが
日本語の訳詞や解説抜きで
曲名を調べたりするのは大変でした。
曲名を知らなくても
純粋に音楽として
楽しむことはできるわけですが……
それはともかく
レーヌのCDでは
第1ルソンが
ソプラノ独唱でした。
先の記事で
ソプラノ独唱の可能性を知った
と書いたのは
このCDを聴いたからなのです。
ただ、器楽伴奏があるのと
「エレミヤの哀歌」各節の冒頭の
アルフ、ギメルなどの言葉
(聖金曜日だとヘト、テトなど)が
合唱で歌われているのとで
小川洋子の小説に出てくるものとは
違うのは明らかです。
ただ、それを抜きにすれば
演奏自体は抜群にいいです。
ルイ・ドゥヴォ指揮の演奏は
上にも書いたように
イタリア・オペラの影響を受けたとされる
シャルパンティエの祝祭的なノリを
よく伝えているのに対して
レーヌの盤は
宗教声楽曲らしい
内省的な雰囲気をよく伝えており
個人的には
こちらの方が好みです。
イル・セミナリオ・ムジカーレは
聖水曜日と聖木曜日も
録音しているのですが
そちらも聴きたくなってきました。(^_^)

『預言者エレミヤの哀歌:聖金曜日』を
見つける以前、
小川洋子の小説
『やさしい訴え』(1996)で
薫と瑠璃子が聴く
『預言者エレミヤの哀歌』は
誰の曲だろうと
いろいろ考えていたころのお話です。
フランソワ・クープランは
聖金曜日用の
ルソン・ド・テネブレを
作っていないということで
クープランの曲でないことは明らか。
「教えて! goo」の
ベストアンサーで
マルカントワーヌ・シャルパンティエ
(マルク=アントワーヌとも)に
聖金曜日用の曲があるけれども
小説の雰囲気に合わないと
答えられてましたけど
こればっかりは
聴いてみないと分からない。
『古楽CD100ガイド』
(国書刊行会、1996)によれば
シャルパンティエの作曲した
ルソン・ド・テネブレは
31曲あるそうです。
(pp.137-138 参照)
その中には
女声用の曲もある
ということなので
仮に聖金曜日用のものに
ソプラノ独唱のものがあれば
小川洋子の小説
『やさしい訴え』の中で聴かれている曲
と考えても
さほど違和感がない
ということになるでしょう。
もっとも
小川洋子の小説で
言及されている曲は
どれも日本語版が出ている曲
と考えてもよさそうなので
小説が発表された1996年までの間に
日本流通使用盤が出ているもの
という条件が加わりますけど。
結局
ルネ・ヤーコプス盤くらいしか
ないと思っていたのですが
とりあえず
シャルパンティエの作っている
聖金曜日用の曲を聴いてみよう
日本語の訳詞も確認してみたいし
と思って
今すぐ手に入る
ルイ・ドゥヴォ指揮のCDを
買ってみました。

(ワーナーミュージック・ジャパン
WPCS-16137~8、2015.3.11)
録音は1984年で
原盤は1986年に出ていますから
時期的には合うのですが
日本ではいつ発売されたのか
はっきりしません。
なにより、残念ながら
ソリストにソプラノ歌手は
1人も参加していませんでした。
それと
どの曲にも器楽伴奏がついていて
明らかに小説中で聴いているものとは
雰囲気が異なる感じです。
それはそれとして
シャルパンティエは
画家を志してイタリアに留学したのに
当地でジャコモ・カリッシミという
これまたバロックでは有名な作曲家の
オラトリオを聴いて
音楽家に志望を変えた人らしい。
そういうこともあって
本盤に収録されている曲は
かなりオペラティックというか
バッハの受難曲を
彷彿させるものがありました。
そういう意味では
これはこれで興味深い演奏です。
そのあとに
ジェラーヌ・レーヌ率いる
イル・セミナリオ・ムジカーレ盤で
聖金曜日用のCDを
Amazon で中古で見つけ
さっそく手に入れて
聴いてみました。

(英ヴァージン・クラシックス
VC7 59295 2、1993)
こちらは
『古楽CD100ガイド』でも
推薦盤として紹介されていた
CDでもあります。
同書を読んでから
気にはなっていたのですが
なかなか店頭で見つけられず
実に20年ぶりに
入手したことになります(しみじみ)
先に紹介した
ジェラーヌ・レーヌと
イル・セミナリオ・ムジカーレによる
フランソワ・クープランの
ルソン・ド・テネブレと同様
ルソンの読誦以外に
アンティフォナ(交誦)や
詩篇の読誦
レスポンソリウム(応誦)を配して
当時の典礼の雰囲気を
再現しようとしています。
それらの中には
新久美のCDで歌われていた
ニヴェールの書いた曲も含まれていて
ちょっと興味深いのですが
日本語の訳詞や解説抜きで
曲名を調べたりするのは大変でした。
曲名を知らなくても
純粋に音楽として
楽しむことはできるわけですが……
それはともかく
レーヌのCDでは
第1ルソンが
ソプラノ独唱でした。
先の記事で
ソプラノ独唱の可能性を知った
と書いたのは
このCDを聴いたからなのです。
ただ、器楽伴奏があるのと
「エレミヤの哀歌」各節の冒頭の
アルフ、ギメルなどの言葉
(聖金曜日だとヘト、テトなど)が
合唱で歌われているのとで
小川洋子の小説に出てくるものとは
違うのは明らかです。
ただ、それを抜きにすれば
演奏自体は抜群にいいです。
ルイ・ドゥヴォ指揮の演奏は
上にも書いたように
イタリア・オペラの影響を受けたとされる
シャルパンティエの祝祭的なノリを
よく伝えているのに対して
レーヌの盤は
宗教声楽曲らしい
内省的な雰囲気をよく伝えており
個人的には
こちらの方が好みです。
イル・セミナリオ・ムジカーレは
聖水曜日と聖木曜日も
録音しているのですが
そちらも聴きたくなってきました。(^_^)
