引いた風邪が
直りつつあると思ってたら
今度は右足の親指関節あたりに
ゲキ痛を覚え
外出もままならず
読書に勤しむ今日この頃。

長くてめんどくさいのは嫌だなあ
と思って手に取ったのが、これ。

『髑髏城』創元推理文庫・新版カバー
(1931/和爾桃子訳、創元推理文庫、2015.11.27)

ジョン・ディクスン・カーが書いた
3冊目の本であり
フランスの予審判事
アンリ・バンコランものの第3作
『髑髏城』の新訳です。


同じバンコラン・シリーズでは
以前、『蝋人形館の殺人』
話題にしたことがあります。

その時にふれた集英社の
「ジュニア版・世界の推理」にも
『どくろ城』というタイトルで
収録されていましたが
自分が最初に読んだのは
同じ創元推理文庫の旧訳版でした。

『髑髏城』創元推理文庫・旧版カバー
(宇野利泰訳、創元推理文庫、1959.7.17)

手許にあるのは
1977年10月7日発行の30刷で
たぶん1959年当時は
上にアップした写真のようなカバーは
付いてなかったのではないかと思います。

装画は松田正久という人で
創元推理文庫版『盲目の理髪師』の
旧版カバーも担当してますが
他のカー作品のカバーと
あまりにもイメージが違うため
違和感を覚えていたものです。

ちなみに遠目だと
髑髏城が鼻血ブー、のように
見えますけど(て、古いなあ)
赤いのは
禿鷹(?)のイラストですので(苦笑)

『髑髏城』創元推理文庫・旧版カバー(部分)


森英俊編著
『世界ミステリ作家事典[本格派篇]』(1998)が
出た時に
宇野利泰版が抄訳だと知って以来
いつか完訳版が出ないかと
思っていたのでした。

『蝋人形館の殺人』が和爾訳で出て
続いて『夜歩く』も出たので
そのうち『髑髏城』も出るだろう
と期待していたのですが
ようやく出たというわけです。


前に一度、読んでいるとはいっても
記憶はかなり曖昧で
被害者が古城から火だるまになって墜死する
というところ以外は
どんな話かすっかり忘れてました。

それもあるとは申せ
今回の新訳によって
ちょっと面目を改めた気がします。

意外とメロドラマ要素が強い
というのもそうですが
昔はさほどとも思わなかった
(というか、記憶に残っていなかった)
ある登場人物の想いに
深い印象を受けました。

特に最後のシーンは切ないですね。


解説を
若手作家の
青崎有吾が書いてますが
そこでは
シチュエーションやトリックにばかり
言及しています。

それらはもちろんミステリとして
大事な読みどころなんですけど
個人的にいうなら
この作品の小説としての読みどころは
ある登場人物の設定と
それに由来する
ラスト・シーンの切なさだ、と
いいたいところです。

『髑髏城』というと
独仏2大探偵の知恵比べ
という枠組みが強調されますが
その枠組みは頭の良さを競うだけではなく
情実兼ね備えた探偵であるか否かも
競われているわけです。

ラスト・シーンで
バンコランの優しさが
際立っているように感じられるのは
そう思われるように
書かれているからでしょうけど。


『髑髏城』自体は
真相に無理筋も感じられて
二の線、三の線の作品だと思いますけど
ラスト・シーンの切なさは
一級品に引けを取らないなあとか
思ったりしたことでした。

これを当時
若干25、6歳の作者が書いたのですから
ませてるというか
大人だなあと思ったり。


ちなみに
青崎の解説を読んで
バンコラン・シリーズの舞台は
第1作『夜歩く』がパリ
第2作『絞首台の謎』がロンドン
第3作『髑髏城』がドイツ(ライン川沿い)
そして第4作『蝋人形館の殺人』が
ふたたびパリであることに
気づかされましたが
カーはもしかしたら当初
観光ミステリを意図していたのかもしれない
と思いついたりしました。

今回『髑髏城』を読むと
語り手のジェフ・マールが
コブレンツという近くの村に出た際
蒸気船の船客や若い女性ハイカーを
点綴する場面があります。

カーは
『夜歩く』の成功で得た収入で
ライン川沿いを周遊したことがあり
その経験が活かされているのは明らかですが
いわゆるオカルト趣味の内容からは
まったく掛け離れた感じの描写を読むと
観光ミステリ的なノリを
強く感じさせるのですね。


ところで『髑髏城』には
作中に登場する
フランス人ヴァイオリニストが
「アマリリス」という曲を弾く
という箇所があります。

好事家のための蘊蓄を語っている
和爾桃子の「訳者あとがき」にも
「アマリリス」については
詳述されていませんので
検索して調べてみました。

「アマリリス」はフランスの民謡で
かつては
ルイ13世作曲とされていましたが
近年では
パリ音楽院を卒業したピアニスト
ヘンリー・ギースが刊行した
『ルイ13世の歌』(1868)という
編曲集中の楽曲だと分かりました。

ただ検索したページを見ると
ガボット形式とされています。

というのも『髑髏城』では
メヌエットになってるんですね。

宇野訳だと
「『アマリリス』という舞踏曲でした」(pp.41-42)
となってて
「舞踏曲」に「ミニュエット」と
振り仮名がついています。

同じ箇所を和爾訳で見てみると
「ちょうどメヌエットだかなんだかの
 『アマリリス』という曲だったよ」(pp.40-41)
となってて
「だかなんだかの」とあるから
ガボットということでいいのかな。


参考にしたのは
以下のふたつのページですが

http://www.daskonzertindemwald.com/曲目の手引き/

http://www.worldfolksong.com/songbook/france/amaryllis.html

あとのページでは
メロディーを聴くこともできます。

残念ながら
ヴァイオリン演奏ではありませんけど
『髑髏城』読後の際に聴いて
余韻に浸ってみてはいかがでしょう。


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