以前の記事
ジョルジュ・シムノンが
第二次大戦中に書いた
メグレ・シリーズ長編6作の内
5作が雑誌『EQ』に訳されて
一度も単行本化はもちろん
文庫化もされていないと書きましたが
唯一、雑誌掲載を経ないで
最初から単行本で出た
残りの1作が
今回紹介する
『メグレと死体刑事』です。

『メグレと死体刑事』
(1944/長島良三訳、読売新聞社、1986.8.10)

1980年代後半に
読売新聞社から
〈フランス長編ミステリー傑作集〉
という新書体裁の叢書が
6冊刊行されました。

そのうちの1冊が
『メグレと死体刑事』です。


「死体刑事」というのは
何のことだと思われるでしょうけど
司法警察局をやめて
今は私立探偵をやっている
メグレの元同僚の綽名です。

その容貌などから
名前のカーヴルをもじって
「死体」を意味する
カダーヴル cadavre という綽名が
付けられたのでした。


メグレは判事の個人的な依頼で
判事の義弟が巻き込まれた事件の調査に
田舎に向かいます。

轢殺死体となって発見された
村の若者を殺したのは
判事の義弟ではないか
という噂が流れているのでした。

その田舎に向かう列車に
死体刑事ことカーヴルも乗り合わせていて
誰がカーヴルを呼んだのかと
疑問に思うメグレは
自分の調査ともいえない調査が
何者かによって妨害されていることを知り
俄然、カーヴルに対抗意識を燃やして
真相を突き止めようとする
というお話です。


プロット自体は単純で
あることに気づいたメグレは
その気づきによって
あっという間に事件の真相に
到達してしまいます。

ネタ的には
短編ネタではないか
と思いますけど
それでも300枚ほどに仕上げるあたり
シムノンらしい手だれの技ですね。


ちょっと面白かったのは
ある事件関係者と対峙している場面で
「長い歳月を経たいまでも、
 メグレは彼女の胸が
 興奮で上下していたのが
 目に浮かぶ」(p.127)
と書かれていることです。

ということは
ここで描かれる事件自体は
すでに終わっていて
その終わった現在の時点から
過去のことを語っている
という体裁に
なっていることになります。


『メグレと謎のピクピュス』
『メグレと死んだセシール』
そして今回の『死体刑事』も
ドイツ軍占領下に発表されながら
そういうことに関する描写はいっさいなく
不思議に思っていたんですが
なるほど占領前
(かどうか判断はつきませんが)
だと思えば
ドイツ軍に関する描写が一切ないのも
納得できるわけで。

それが占領下(1940~44)における
フランス・ミステリの
常態だったのかどうか
ちょっと気になったりするのでした。


ちなみに手許にある本は
古本で買ったものですけど
水をかぶったらしく
ちょっとベコベコしているのが
切ない……(´・ω・`)


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