『アンブローズ蒐集家』
(1950/圭初幸恵訳、論創社、2015.8.30)

以前このブログで
フレドリック・ブラウンのノン・シリーズ長編
『ディープエンド』(1952)の感想を
アップしたことがあります。

その際にもふれましたが
ブラウンはデビュー作
『シカゴ・ブルース』(1947)で
アメリカ探偵作家クラブ賞(MWA)の
処女長編賞を受賞しました。

『シカゴ・ブルース』では
エド・ハンター青年と
その伯父アム・ハンターが活躍し
後にシリーズ化されました。

全部で7作書かれ
そのうちの6作が邦訳されましたが
なぜかシリーズ第4作にあたる本作品だけ
長い間、未訳のままでした。

それがこのたび
原作刊行から65年目にして
初めて訳されたわけです。


原題は Compliments of a Fiend 。

fiend というのは
「悪魔」という意味ですが
friend から1文字落ちただけなので
friend の誤植として
ありがちの言葉のようです。

原題は
「友人より、感謝を込めて」
という決まり文句をもじった
というか
その誤植から発想されたもので
したがって直訳すると
「悪魔より、感謝を込めて」
という意味になります。


『シカゴ・ブルース』に続いて
『三人のこびと』(1948)で
アム伯父が働いている
移動カーニバル内で起きた
連続殺人を解決した2人は
シリーズ第3作『月夜の狼』(1949)で
シカゴに戻って
スターロック探偵社に勤めます。

『アンブローズ蒐集家』でも
2人はスターロック探偵社に勤めているのですが
ある調査を依頼されたアム伯父は
依頼人の許に向ったまま
行方不明となってしまいます。

アム伯父の行方を求めて
探偵社の所長をはじめ
エド・ハンターが捜索を始める
というのが
今回のストーリーです。


邦題の『アンブローズ蒐集家』というのは
チャールズ・フォートという
超常現象研究家の著作から
採られています。

フォートの書いたある本の中に
ファースト・ネームがアンブローズという男が
謎の失踪を遂げた事件に絡めて
有名な小説家のアンブローズ・ビアスもまた
謎の失踪を遂げたことに言及した際
何者かがアンブローズという名前の人間を
コレクションしてるんじゃないか
と書いてあるそうです。

アム伯父さんのアムというのも
アンブローズの略称なので
伯父さんも
アンブローズ・コレクターに
蒐集されたんじゃないか
と、ある登場人物が言う場面が
出てくるのでした。

そのフォートの文章は
作品の冒頭に
エピグラフとして掲げられていますが
邦題としては
原題の直訳よりも
不思議感が漂っていて
おやっと思わせる効果もあり
なかなか秀逸ではないかと思います。

上のように説明されると
なんとなく読みたくなってきませんか?


自分はエド・ハンター・シリーズの
『シカゴ・ブルース』と
第5作『死にいたる火星人の扉』(1951)を
読んでいるだけなのですが
後者を手にとったのは
火星人に殺されそうだから守ってほしい
という依頼を受ける話だったからです。

中学生の頃に読んだきりなので
詳しい内容は忘れていますが
掴みはオッケーなんだけど
解決が肩すかしだった記憶があります。

『アンブローズ蒐集家』も
掴みはオッケーだけど
肩すかしに終るんじゃないか
という不安はあったんですけど
まあ、ものすごい傑作
というわけではありませんでしたが
無理なくまとまった小味な秀作
という出来映えでした。

少なくとも
今まで翻訳されなかった理由が分からない
と思わせるくらいの出来ではありました。

犯人もそこそこ意外でしたし
アム叔父の居場所をめぐって
ちょっと気の利いたアイデアも
見られますし。

そのアイデアについて
横溝正史の『獄門島』を連想した
というと
ちょっと褒め過ぎかもしれないけど。


巻末の訳者あとがきも
本文を読んでから眼を通すと
啓発されることが多い内容で
読みごたえがありました。

堀 燐太郎の解説も、いい感じ。


これでフレドリック・ブラウンの書いた
ミステリ系の作品は
すべて邦訳されたことになります。

『シカゴ・ブルース』以外の作品は
入手が難しいのが残念ですけど
最後に残った1作が
そこそこの出来映えなのは
何よりでした。

手許にありながら
ほとんど手つかずの他の作品も
ちょっと読みたくなった次第です。


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