『ディープエンド』
(1952/圭初幸恵訳、論創社、2014.2.25)

フレドリック・ブラウンといえば
かつて、創元推理文庫を中心に
そのほとんどの長編が紹介され
ミステリだけでなく
SFにも手を染め
むしろその系統の作品
特にショート・ショートにおいて
評価が高かったように思われる作家です。

ところが、現在では
ミステリ系の短編集が
読める程度で
あれほど受け入れられていたことが
想像もつかないくらいです。


ブラウンのミステリでは
MWA処女長編賞を受賞した
『シカゴ・ブルース』(1947)が有名です。

エド・ハンターという
青年を主人公とした
私立探偵小説で
その後、シリーズ化されました。

そしてそれ以外にも
ノン・シリーズものの長編ミステリを
数多く発表しました。

ノン・シリーズもので
よく知られている(と思われる)のは
『彼の名は死』(1954)です。

各章が「彼の名は…」と書き出され
最終章だけ「彼の名は死」となる
という趣向によって
技巧派ミステリの書き手として
位置づけられたりもしますけど
基本的に、職人的な
サスペンス・ライターと捉えるのが
妥当かと思います。

そのブラウンの
ノン・シリーズ長編の中で
唯一、未訳だったのが
今回、紹介する
『ディープエンド』です。


遊園地のジェットコースターに轢かれて
死んだ青年のニュースが入り
お涙ちょうだいのサイド・ストーリーを
まとめていたところ
青年が当初考えられていた人間とは
別人であったことが分かり
記事がボツになる。

その記事をまとめた新聞記者が
何か釈然としないものを感じ
休暇返上で調べていくうちに
恐るべき真相に気づく
というお話です。


事故の被害者は
たまたま財布を掏っていたため
別人と間違われたという出だしは
実にキャッチーです。

そして新聞記者が
事故ではなく殺人ではないか
と疑うきっかけも自然ですし
そこから不審な事故死が浮び上がり
連続殺人ではないかという疑問が湧き
一人の人物に当たりをつけます。

その、当たりを付ける理由も
それなりに書かれていますし
途中で、視点を変えてみることで
疑惑の人物がもう一人増えて
いったいどちらが犯人なのか
と考える場面は
論理のサスペンスが感じられて圧巻です。

ただ、容疑者を二人に絞ったあとは
どちらか一方を真犯人だと
論理によって詰めることができず
結局、罠をかける形で真相が判明するのが
やや腰砕けの感じがするのは否めません。

というか
本格ミステリとして考えたら
この真相の明かし方は
やはり、腰砕けというべきでしょう。


ブラウンのミステリは
自分が読んだ範囲でいうと
出だしがキャッチーな割りには
解決が呆気なかったり
腰砕けになったりすることがあり
それでも最後まで読ませるあたりが
職人作家たるゆえんなのですね。

本作品もその例に洩れないわけですが
それは本格ミステリとして見た場合のことで
サスペンス小説としては
なかなか侮れない出来ばえを
示していると思います。


主人公の新聞記者は
殺人ではないかと疑うのですが
その疑いにはまったく根拠がない。

単なる記者としてのカンでしかないわけです。

ただ調べていくと
いかにも状況が疑わしくて
ある人物が殺人狂であることを
指しているようにしか思えない。

具体的な根拠がないから
疑わしい人物がもう一人いても
二人のうちのどちらかに絞れない。

その宙ぶらりんな感じが
サスペンスの醸成に与っているわけで
それに加えて
記者の休暇に合わせて
妻が実家に帰っており
離婚の危機が訪れている
にもかかわらず
かつての同級生との関係が再熱し
妻と同級生とのあいだで心が揺れる
という物語が描かれ
リーダビリティを高めているわけです。

新聞記者の恋愛観は
その時代なりということなのか
意外と古風なのですが
現代日本の
2時間サスペンスに置き換えても
割と違和感なく
受け入れられそうな感じがします。


その同級生との関係が
メインの事件に関連していく流れも
実に上手いのですが
何といっても最終章の落ちの付け方が
気が利いているとしかいいようがない。

こういうのを書かせたら
アメリカの作家は
ほんと、上手いですね。


あと、これは
当時のアメリカで
トレンドだったと思しい
あるジャンルないしテーマを扱った
物語類型の一種で
それにブラウンなりの
ひねりを加えたストーリーテリングが
読みどころだと思う次第です。

どういうジャンルないしテーマか
それにどういうひねりを加えたか
を説明すると
初読の楽しみを奪いますので
ここではこれ以上書きませんけど。


そんなこんなで
割と楽しく読めた1編でした。

何より短いのがいいですね。

現代の作家なら
いろいろと書き込んで
(書き込まないと読者も納得しないので)
この倍の長さにはなったかと思います。

それを250ページにまとめるのが
職人の職人たるゆえんでもあります。

残り50ページほどになった時
どう決着つけるんだ
残りのページで
全部説明をつけられるのか
と、ドキドキさせられました(苦笑)


解説では
かつて本格ミステリとして
紹介されたこともあると
書かれています。

でも、こういう作品は
本格ミステリだと思って読むと
かえって読後の印象を悪くするのであって
小味なサスペンスとして読めば
そこそこ楽しめると思います。


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