『黒い罠』(ハコ付き)
(1956/青田勝訳、ハヤカワ・ミステリ、1958.6.15)

先日、塾の春期講習のため
久々に、あざみ野という所まで
出かけたのですが
仕事の帰りに寄った
当地の BOOK・OFF で見つけた
オーソン・ウェルズ監督作品の
DVDの原作です。

家に帰ってから書棚を探したら
手許にありました。

原作のある映画は
可能なかぎり
観る前に読みたいので
これ幸いと読み終えた次第です。


版元によっては
ホイット・マスタスンとも表記される
ウィット・マスタースンは
実は、ボブ・ウェイドと
ビル・ミラーという二人組で
もともとウェイド・ミラーという筆名で
私立探偵小説を書いていました。

戦後(1940年代後半)にデビューした
ウェイド・ミラーは
50年代半ばから
マスタースン名義で
警察小説に手を染めるようになり
その名義での3作目が
『黒い罠』ということになります。


原題は Badge of Evil といって
直訳すれば「悪のバッジ」なんですが
ハヤカワ・ミステリ版の邦題は
1958年の7月に日本で公開された
映画の邦題に合わせたものでしょう。

ちなみに映画の方の原題は
Touch of Evil です。

直訳すると「悪の接触」かな?


冒頭、富豪の爆殺事件が起き
今は引退中の名刑事
マッコイ警部が
要請されて出馬し
かつての相棒で
現在は事務職に就いている
クインラン刑事と共に
捜査に乗り出します。

早期解決を望むという
政治的な圧力がかかり
地方検察局も
傍観しているわけにはいかなくなり
地方検事補ミッチェル・ホルトが
特別捜査官に任命されます。

最初は、マッコイ警部に
すべてを任せようと思っていた
ホルトですが
細部をゆるがせにしない性格から
気になる点を自分でも調べてみる気になり
ひょんなきっかけで
真犯人を挙げてしまいます。

それが全体の3分の1で
中盤になってホルトは
犯人の告白で
納得がいかない点に気づき
それをきっかけとして
ある「悪」に対して
孤独な戦いを展開する
というお話です。


どういう種類の「悪」か
というのは
原題でだいたい見当がつくでしょうが
ここでは伏せておくことにしましょう。


印象深かったのは
ホルトが
間違いを犯さないために
細部や証拠にこだわって
徹底的に確認しようとする態度です。

たとえば
何者かの襲撃を受けた際
ホルトには犯人のあたりが
突いていたのですが
念のため、近々に勝利した裁判の
被告の家族(ギャング)に
確認してみることを怠らない。

見込みで調査を進めるということを
絶対にしないし
自分が納得できるまで確認する
というあたり
名刑事のマッコイ警部が
勘で当たりをつけて捜査するのと
好対照をなしています。


また、ホルトは
法というものに対して
絶対的な信頼と
価値を置いていて
それをないがしろにすることを
嫌うという姿勢の持ち主です。

当たり前といえば
当たり前のことなんですが
でも、なかなか守れないし
難しいものであることは
いちいち例を挙げるまでもなく
明らかだと思います。

その意味では
理想主義的な小説ですが
こういう小説が書かれた背景には
1950年代前半にアメリカを席巻した
マッカーシズムという
ムーヴメントの体験が
あったのではないかと思います。

一方で腐敗を抱えながら
(抱えているからこそ?)
一方でこういう小説も書かれる
というあたりに
良くも悪くもアメリカらしさを
感じる次第です。


こういう原作を
オーソン・ウェルズが
どのように映像化したのか
DVDを観るのが楽しみ。(^_^)


ちなみに
上の写真でも分かる通り
手許にあったのは
ハコ入り版ですが
裏側には
下のような文章が刷ってありました。

『黒い罠』ハコ裏の文字

ポケミスのハコは
300巻突破を記念して
付けられたのか、と
うかつにも
今回、初めて気づいた次第です。(^^ゞ


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