『悪意の糸』
(1950/宮脇裕子訳、創元推理文庫、2014.8.29)

マーガレット・ミラー待望の
本邦初訳作品!

こちらのブログで
今年の1月から2月にかけて
ミラーの連続読書感想をあげましたが
その頃はまさか
未訳の新作が出るとは
思いもよらず。

290ページと
やや短めの長編ですが
このところ長い作品ばかり読んでいたので
ホッとさせられました。

一読して思ったのは
1950年代にアメリカで作られた
モノクロのサスペンス映画、
ノワール映画みたいだ
ということでした。


医者として自立していて
仲間からはセックスレス・チャーリーと
あだ名されている女性
シャーロット・キーティングが主人公。

ある日、シャーロットの病院に
妻のある男性と関係を持って
妊娠して困っているという女性が
患者として訪れます。

堕胎したいようで
シャーロットはそれを拒んだものの
気になって
彼女が身を寄せているという
スラム街にある
叔父の家を訪ねていくのですが
そこから様々な事件が起り始める
というお話です。


シャーロット自身も
妻のある男性と不倫の関係で
その妻は心気症を患っており
シャーロットの患者でもあることが
話をややこしくしていくのですが
シャーロットの恋人であるルイスは
「女性にたいする考え方に
古いところがある」(p.49)男で
「精神的にも物理的にも自立した
シャーロットのような女性が
存在することは、
彼の男としてのプライドを
打ちのめすもの」(同)
と評されています。

評されているというのは
引用した部分が
語り手による地の文なのか
シャーロットの内面の語り直しなのか
分からないように書かれているからで
多分、後者だと思いますが
だとすると引用したような評言は
書き手であるミラーの客観描写というより
シャーロットの自尊心を示している
とも読めるわけです。

そういう微妙な書き方をしているため
読み手によっては
ルイスは男性中心主義者
というふうにも読めてしまうのですが
その意味では読み手の意識を示す
リトマス試験紙のようなところもあり
あらためて感想を書きはじめると
一筋縄ではいかないなあと
嬉しくなってきます。

(こういうのが小説を読む楽しさの
 ひとつなわけでして【笑】)

これはつまりシャーロットも
単純明快な勝ち組ヒロインというわけでは
ないということですね。

そういうシャーロットの自尊心が
最後に打ち砕かれるようなところもあり
そこが50年代のノワール映画にとどまらない
ミラー節につながっていると
いえるかも知れません。

ネタが割れないので
曖昧な書き方になりますが……


不倫で妊娠させられて事件が起きる
というストーリーは
手あかがついている感じですし
登場人物が少ないので
ある程度、背景や展開が
読めてしまう嫌いはありますが
ともあれ、300ページに満たないし
サクッと読めます。

後年ほどではないにせよ
プロットのひねりも感じられますし
ミラー作品の入門編としては
手頃な感じがします。


発表は1950年で
時期としては『鉄の門』(1945)と
『狙った獣』(1955)の間の作品
ということになります。

この時期には
普通小説も書かれましたが
ミステリも何作か未訳がありますので
ぜひぜひ翻訳して欲しいですね。

また、これをきっかけに
品切れ中のミラー作品が
何冊か読めるようになれば
いいなあと思います。


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