『鐘楼の蝙蝠』
(1937/藤村裕美訳、創元推理文庫、2014.3.20)

以前こちらで
『悪魔と警視庁』(1938)という作品の
感想を書いたことがある
イギリスの女性作家
E・C・R・ロラックの
創元推理文庫における邦訳第2弾です。

原題は Bats in the Belfry で
そのまんま直訳したのが邦題ですが
これは、正気を逸していることを意味する
口語表現 have bats in the belfry に
基づいていることが
36ページの割注から分かります。

同じページには
「“頭のいかれた”彫刻家」
という訳文が出てきて
「頭のいかれた」に
「バッツ・イン・ザ・ベルフリー」と
振り仮名がついています。

本作品には他に
Bee in the Bonnet という
言い回しも出てきて(p.238)
これは直訳すると
「帽子の中の蜜蜂」ですが
「おかしな考え」を意味するようです。

本作品のタイトルは
こういう言い回しから
採られているわけですが
だからといって
言葉の響きだけで内実のないタイトル
というわけでもなく
実際に作中には
今は芸術家のアトリエとして
貸し出されている
鐘楼が附随した元礼拝所が出てきて
謎の怪人物がそこに住んでいる
ということになっています。

「頭がいかれている」
という言い回しから採ったタイトルですが
その言い回しから舞台設定なんかも
構想されているわけで
こういう言葉遊びめいたノリは好きです。

だから、個人的には
38ページあたりから
話が俄然、興味深くなってきました。

以下、犯人をバラしたり
トリックを割ったりはしていませんが
ストーリーには一部ふれますので
まっさらな状態で読みたいという方は
ご注意くださいませ。




友人の小説家ブルースが
ドブレットという男に
悩まされていることを心配した
劇作家のロッキンガムは
ブルースの養女に恋している
新聞記者グレンヴィルに
ドブレットの住処を突き止めるよう依頼して
フランスに旅立つ。

グレンヴィルが突き止めた住処は
まるで蝙蝠でも棲んでいそうな
鐘楼が附随している
元は礼拝所だったアトリエだった。

パリでブルースと落ち合うはずだったのに
当人が現われないまま帰国したロッキンガムは
グレンヴィルとともに
ドブレットのアトリエに向かい
地下室で、旅行に出かけたはずの
ブルースのスーツケースを発見。
スーツケースには
パスポートもそのまま残されていた。

心配したロッキンガムは警察に届け
マクドナルド主任警部が担当することになった。

捜査班を率いてアトリエを調べてみると
浴室の配管から人間の血液が発見されたが
死体はどこにも見つからない。

ブルースは殺されて
死体はどこかに始末されたのか。
それとも……
というお話です。


前回の『悪魔と警視庁』に比べると
始まりの展開はスローペースで
死体がなかなか出てこない。

その死体が発見されるまで
殺されたのはブルースかドブレットか
という宙ぶらりんな状態で
捜査が進むあたりはいいですね。

こういうの趣味です。

死体が発見されても
実は宙ぶらりんな状態が続くように
書かれていて
そこらへんも良い。


そしてドブレットという
怪人物の跳梁するありさまが
クラシック・ミステリらしい
いい味わいを出しています。

某イギリス作家の
某有名長編を連想しましたが
連想した作家や作品の名前を出すと
そちらもこちら(ロラックの方)も
ネタを割ることになるので
誰を連想したかということは
書けませんけど。


ロンドンの街区に
ぽつんとひとつだけ
ガーゴイルの装飾彫刻に飾られた
鐘楼が附随した礼拝所が残っている
というシチュエーションが
イギリス作家には珍しい
ケレン味だ感じさせました。

登場人物が何かにつけて
「ロンドンでは
 おかしなことが起きるものだ」(p.38)
と口癖のように言うのですが
それも含めて
ディクスン・カーの
『アラビアンナイトの殺人』(1936)を
連想させるところがありますね。

とはいえ、
かつて芸術家が自殺したこともある
「モルグ」と呼ばれている
元礼拝所だったアトリエで起きる
暗闇のドタバタ騒ぎ(第3章)なんかは
カーだったら
もっとドギツく書くでしょうけど
ロラックはあっさりと済ませてしまう。

だから、ディクスン・カーを
期待する(期待した)読者には
肩すかしのように
感じられるかもしれませんけど
ロラックの淡白な書きっぷりも捨て難い。

そしてそのドタバタ騒ぎの中に
ちゃんと伏線を潜ませているあたりは
感心しました。


自分が考える
本作品の美点をもう一点あげとくと
ドブレットの目立つ顎髭に
事件の矛盾点が
集約されているところです。

手がかりとしては
実にキャッチーであるだけでなく
ユーモアすら感じさせる。

この、推理のための
奇妙な手がかりの提示も
カーっぽいテイストです。


ラストは少々腰砕けのような気も
しないではなく
(紙幅の関係でしょうか?)
そのために少々説明し切れてない謎も
残っている気がしますが
(たとえば作家の養女の車に
 細工した理由とか)
犯人が割と上手く隠されていたので
ポイント高し。


メインの謎ではありませんが
ある容疑者のアリバイ・トリックも
簡単で効果的なのには感心しました。

疑われて調べられたら
一発でバレちゃいますけどね(笑)


あと、ある人物が黙秘を貫く理由が
第二次大戦直前の
時代の空気をちょっと垣間見せていて
興味深かったです。


最近の現代ミステリは
やたらと分厚いですけど
本書は300ページほどです。

それでも必要十分な楽しみは
ちゃんと与えてくれます。

現代ミステリの、
分厚いだけでなく
(長いのは長いなりの必然性があると
 理解したいとこなんですが……)
ギスギスした世界観に
疲れた心を癒してくれる
品の良いイッピンでした。


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