『逆さの骨』
(2005/玉木亨訳、創元推理文庫、2014.2.28)

イングランド東部の沼沢地帯を舞台として
地元紙の主任記者ドライデンを主人公とする
シリーズの3作目です。

以前、こちらで紹介したシリーズ第2作
『火焔の鎖』(2004)が出て以来
2年ぶりの翻訳になります。


宅地開発のために
第2次世界大戦当時の
捕虜収容所跡を掘り起こしたら
古代の遺物が見つかり
発掘調査が行われることになります。

そうしたら、捕虜収容所から
外へ抜け出すために作られたと思しい
トンネルが見つかり
トンネル内から射殺された痕跡のある
白骨死体が見つかります。

どうやら収容所の内側に向かって
進んでいたところを撃たれたらしい。

白骨死体は誰のものなのか。
また、脱走用トンネルだと思われるのに
なぜ収容所内へと向かっていたのか。

白骨死体の身元を突き止めようと
ドライデンが調査を始めるのでが
事件は意外な展開を見せ……
というお話です。


こちらも邦題に「骨」とありますが
なぜ「逆さの」骨なのかが分からない……
と読んでいる間は思っていましたが
ストーリーを紹介しているうちに
気づきました。

脱走用のトンネルなのに
収容所の方向に向かって進んでいる、
本来の用途とは逆さまじゃないか
というわけでしょう。

分かりにくっ!( ̄▽ ̄)

「逆さの骨」といわれると
骨の位置が天地逆さまかと
思うよね、普通。

ちなみに原題は
The Moon Tunnel で
当時、捕虜たちが呼んでいた
脱出用トンネルの通称です。


前作『火焔の鎖』は
「黄金期の探偵小説」らしさを感じない
と以前の記事では書きましたが
今回の『逆さの骨』は
「黄金期の探偵小説」らしい感じでした。

今回の作品のメイン・プロットは単純で
その単純なプロットを隠蔽するために
様々なレッド・ヘリングが配されています。

そのレッド・ヘリングに
ドライデンが当たっていって
真相が見えかけてくると
別の展開を見せたりする、という流れが
極めて自然に出来ていると思うからです。

メインの事件以外にも
いくつか事件の取材をしていて
その取材の過程で知ったことが
メインの事件に活かされていくのも
自然な感じでした。

行き当たりばったりの調査
という感じを受けない点では
『火焔の鎖』より優っていると
思った次第です。


もっといえば
発見された骨の正体をめぐる謎が
上手く読み手の注意を分散させていて
単純なプロットを複雑なもののように
見せかけることに成功していると
思うわけです。

あと、過去の事件を探る
〈回想の殺人〉的なストーリーも
個人的には好みだったかな。


前回、紹介した
『骨と翅』(2009)のように
犯人の自己顕示欲によって
謎が生じるのではないのも良い。

ただ、『骨と翅』では
テレビドラマや小説では
鑑定結果がすぐに出ることを
皮肉まじりでふれられていただけに
掘り出された骨の
DNA鑑定がすぐに出るのは
不自然かも知れませんね(苦笑)


各章の間には
昔、起きた出来事が
いわゆる神の視点から
断章的に挿入されます。

読者はそれを読んで
ドライデンより少しだけ先んじて
何が起きたのかを知ることになります。

現在の調査からは
細部についてすべてを知ることは
難しいので
(少なくとも、そのときどきの心理を
 正確に知ることは、難しいので)
そういう断章を挟むのは
真相を読者に納得させる
という意味では適切だし
現代ミステリでは、よくある書き方です。

その断章が
事件全体の構図にどう当てはまるのか
というふうに
読者の興味を引くように書かれてあって
そのジグソーパズルっぽいところが
「黄金期の探偵小説」らしい雰囲気を
醸し出しているような気もします。


そして、人間ドラマというか
登場人物のキャラクターも
よく描かれていますし
それだけでなく
謎解きの邪魔、という感じがしない。

ドライデンの妻が、事故に遭って
「閉じ込め症候群」で入院しており
COMPASS(コンパス)という装置で
意志を伝えられるかのような状況にある
ということは前回にも書きました。

今回の『逆さの骨』では
まだ、たどたどしくはありますが
意思を伝えることが出来、
インターネットを使って
ドライデンの調査を助けることが
出来るくらいまで回復しているのには
びっくりしました。

ちょうど、ジェフリー・ディーヴァーの
リンカーン・ライム・シリーズとは逆に
ワトスン役が半身不随という設定
ともいえそうですが
そういう、単なる趣向にとどまらない
夫婦関係の機微が描かれていて
これはちょっと良かったです。

あと、ある被害者が死ぬ時の
最後の台詞(p.412)が
なかなかエグい。

サイコ・キラーのような
特殊なキャラクターではない、
普通の人間の悪意は
インパクトありますね。


今回の作品は
ドロシー・L・セイヤーズの
『ナイン・テイラーズ』(1934)が
お気に入りだという
作者らしい小説に
仕上がっていると思いました。

「これぞ王道の英国本格!」
というオビの惹句も
今回は、偽りなしですね。


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