『象は忘れない』ハヤカワ・ミステリ文庫版
(1972/中村能三訳、
 ハヤカワ・ミステリ文庫、1979.1.31)

手許にあるのは
1984年11月30日発行の13刷です。

もっともこれも
古本で買ったものですが。(^^ゞ


こちらは最初、
『ハヤカワ ミステリマガジン』の
1973年2月号から5月号まで連載され、
その後、ハヤカワ・ミステリの1冊として
1973年の12月に刊行され
それが約10年後に
文庫落ちしたのでした。

最初に翻訳された
1973(昭和48)年といえば
当方、小学五年生くらいで
大人向けの翻訳ミステリを買う前ですので
当然、出た当時は読んでおりません。

後にポケミス版↓を古本で買いましたが

『象は忘れない』ハヤカワ・ミステリ版
(1972/中村能三訳、
 ハヤカワ・ミステリ、1973.12.15)

こちらを読むことなく
(いや、これ以前のポアロものを
 読んでから、と思ってたわけでして【汗】)
結局、後日これまた古本で買った
ハヤカワ・ミステリ文庫版で
ようやく読み終えたわけでした。

何だかんだいって
文庫版がいちばん読みやすい
と思う今日この頃です。
(年かもなあ……しみじみ)


本作品は、クリスティーが
生前、最後に書いたポアロものです。

この後に、ポアロ最後の事件である
『カーテン』(1975)が出てますが
こちらは第二次大戦中に
書いておいた作品なので
『象は忘れない』が
実質的には最後のポアロものなわけです。

そして、これ以前に書かれたポアロものは
短編を除いてはすべて読んでいますので
(そのすべてを覚えているかは
 また別の話ですけど【苦笑】)
その意味でも自分にとっては
これがポアロものの
最後の一冊なわけです。


お話自体は
『五匹の子豚』(1942)に始まって
何作か書かれた
〈回想の殺人〉パターンのプロットで
10年前に起きた夫婦の心中事件は
夫が妻を殺して死んだのか
妻が夫を殺して死んだのか
という謎がメインとなる話です。

この謎解きに関しては
勘のいい読者なら
あるいはミステリを読みなれた読者なら
途中で見当がつく
レベルのものだと思います。

それでも、クリスティー自身を
モデルにしたといわれることの多い
探偵作家のオリヴァー夫人が
そもそも過去の事件に巻き込まれる経緯や
いろんな人を訪ねて話を聞く場面などは
面白いですね。

キャラクターの描写は
図式的かもしれないけど
活き活きしていると思います。

そしてポアロの存在が
ストーリーに安定感を与えているというか
ポアロがいるだけで
安心して読めるようなところがあります。


物語の冒頭には
「あなたの作品を読んで
 きっと高貴な心の方に
 ちがいないという気がしました」(p.15)
という書き出しの
ファンレターを受け取ったオリヴァー夫人が
次のように思う箇所があります。

「自分の書いた推理小説は、
 この種のものとしては
 出来のいいものだと思っている。
 (略)
 しかし、彼女が理解できるかぎりでは、
 高貴な心の持主だと
 言われる理由はないのである。
 自分は、多くの人が読みたいと思うものを
 書くこつを身につけた、
 幸運な女なのだ。
 すばらしい幸運だ」
 (pp.15-16。下線部、原文では傍点)

このオリヴァー夫人の想いが
クリスティー自身の想いと
重なって見えてきて
ちょっと面白かったです。

ささやかな自負
という感じが、いいですね。


ちなみに、これまで読んできた
『殺人は容易だ』(1939)や
『ねじれた家』(1949)と
同じ発想が見られることを
確認できたのが
ちょっとトクした感じでした。

ネタバレになるので
何が同じなのかはいいませんが
クリスティーって意外と……
とか思っちゃったり。


トリックというかプロットは
やや図式的というか
普通のミステリっぽくて
人間関係がひっくり返る驚きは
今ひとつ、といったところ。

それでも『殺人は容易だ』と比べると
訊問というか
関係者から話を聞くシーンに
退屈さを感じなかったですね。

さくさく読めて
最後に、ええ話やなあ、と思える、
そんな一冊だと思います。


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