
(風塵社、2013年9月20日発行)
著者名は「けいこ」ではなく
「たかこ」と訓むそうです。
先に紹介した
『ザ・流行作家』と同じく
こちらも、今年度の
日本推理作家協会賞の
評論その他の部門の候補になりました。
新刊書店で見たとき
今頃こんな本が出るのか!
と、びっくりしつつも
すぐさま買ったものでしたが
まさか推協賞の候補になるとは
思いもよらず。
ファントマというのは
フランスのシリーズ・クリミナル
(シリーズ・キャラクターの犯罪者)で
アルセーヌ・ルパンと並ぶというか
本国ではルパンよりも
人口に膾炙しているキャラクターです。
逆に日本では、
翻訳ミステリのマニアと
古い映画のマニア以外には
知られていそうにないのですが
本書でも言及されている
千葉文夫の『ファントマ幻想』(1998)で
初めて知ったという人も
もしかしたら
多いのではないでしょうか。

(青土社、1998年12月28日発行)
上の千葉文夫の本もそうでしたが
ファントマをミステリの文脈だけで
あるいは映画の文脈だけで捉えるのではなく
戦間期(第1次と第2次の世界大戦の間)の
シュルレアリズム運動ないし
アヴァンギャルド芸術との絡みで
考察されるというのが最近の傾向。
といっても、この2冊しか知りませんが。(^^ゞ
千葉の『ファントマ幻想』が
戦間期にラジオ放送として企画された
番組をめぐる人々を中心に
書かれていたのに対して
赤塚の『ファントマ』は
その原作者ピエール・スヴェストルと
マルセル・アランの紹介から始まって
その表紙絵を担当した画家
ジーノ・ストラーチェに言及し、
最初の映画化の監督ルイ・フイヤードと
同時代の無声映画の状況や
その後の映画化の流れにふれ、
さらに、シュルレアリズム運動期に消費された
ファントマのイメージを追跡しています。
ファントマの原作者については
これまで、松村喜雄の
『怪盗対名探偵』(1985)が
唯一の詳しい資料だったと思いますけど
それを補填・凌駕している点だけでも
貴重な仕事といえるでしょう。
古い映画のファンには
シリアルと呼ばれる
連続ものの無声映画の
フランスにおける状況を知ることができて
興味深いのではないでしょうか。
シュルレアリズム運動の担い手たちに関しては
特にルネ・マグリットへの言及が多いのですが
自分的には、ギヨーム・アポリネールが
ファントマについて書いていたことを
知ることができて
ちょっとトクした感じ。
巻頭には
最初のファントマ・シリーズ
全32冊の書影が掲げられており
モノクロなのは残念ですが
なかなか壮観です。
また、巻末の年表には
全32冊の書誌も銘記されていて
おそらくこれは日本初。
年表以外に
詳細な映像化リストも掲げられています。
驚くべきことに
ほとんどのファントマ映画が
本国ではソフト化されているんですね。
日本でも、紀伊國屋書店あたりで
出してもらえないものでしょうか。
本書はまさに
ファントマ全書という趣きの本ですが
掲載された写真のサイズがおおむね小さく
たとえば女性版ファントマともいうべき
イルマ・ヴェップを演じたミュジドラの
(奇妙な名前ですが、これが芸名)
黒タイツの全身像が
当時の観客を魅了したことを実感するには
千葉文夫『ファントマ幻想』の
27ページに掲げられた写真の方がいいでしょうし
松村喜雄の『怪盗対名探偵』には
晩年のマルセル・アランの写真が掲げられていて
アランが単独で執筆した続編
11編の訳名もあげられています。
(原題が付されていないのが残念)
つまり、本書だけでなく
『ファントマ幻想』や
『怪盗対名探偵』を併せて読めば
興趣が、いよよ高まる
というわけです。(^_^)
