
(研究社、2002年5月10日発行)
副題は
「アメリカン・ペーパーバック・ラビリンス」。
先の記事で
ペイパーバックという言葉を
何の注釈もなく使いましたけど
分からない人には分からないだろうなあ
と思ったんですが
その、よく知らない人に
ペイパーバックについて知ってもらうための
好著を、と考えたときに
頭に浮かんだのが、この本でした。
ふつうなら
特にクライム・フィクション系であれば
小鷹信光の
『ペイパーバックの本棚から』(1989)とか
『私のペイパーバック』(2009)をあげるのが
筋かとは思いますが
ミステリ・ファンには
こちらの本は意外と知られてないのかとも思い
あえて搦め手から紹介してみる次第。
作者はフラナリー・オコナーの研究者のようで
オコナーの第一長編『賢い血』の
ペイパーバック版の表紙に
違和感を覚えたことがきっかけで
アメリカのペイパーバック文化について
調べ始めた成果がまとめられています。
なぜ、純文学作品である『賢い血』に
俗悪な(と著者がイメージする)表紙絵が
付けられたのかという疑問から
調査が始まったことからも分かる通り
やや大衆文学に対して
上から目線で書かれているというか
あまりまともなジャンルとして見ていないことが
文章の端々から感じられます。
ミッキー・スピレーンの小説の
邦題ひとつとっても
『裁くのは俺だ』という
人口に膾炙している訳題があるのに
「俺が裁く」と訳している感覚が
よく分かりません。
『復讐は俺の手に』も
「復讐するは我にあり」になってるし。
(これはまあ、あえて、かも知れませんが)
A・A・フェアの
『馬鹿者は金曜日に死ぬ』は
「馬鹿は金曜日に死ぬ」となってて
個人的な印象としては、締まりがない感じ。
それでいてエヴァン・ハンターの
(本書中ではイヴァン・ハンターとなってますが)
The Blackboard Jungle は
『暴力教室』と訳してますが
これは映画化されていて
それに拠ったということなんでしょうね。
いい本だと思うんですが
こういうところの気の遣わなさには
ミステリ者として
イラッとすることもあったり(苦笑)
でもまあ、それを除けば、本書は
ペイパーバックの起源から掘り起こし
それがアメリカでどのような展開を見せてきたか
ということが紹介された
好個の読み物になっています。
特に、第二次世界大戦中に
アメリカ軍兵士が読んでいて
戦後、大量に日本の古本屋に出回った
(江戸川乱歩なんかも読んでいる)
戦線文庫ないし兵隊文庫
軍隊文庫、軍用文庫とも訳される
Armed Services Edition について
一章割かれている点や
Paperback Confidential でも重視されていた
ゴールド・メダル叢書の
ペイパーバック・オリジナルが
誕生した背景が語られている章は
興味深いと同時に参考になります。
ちなみに本書の表紙に使われているのが
ゴールド・メダル叢書の一冊です。
(ミステリではないようですが)
カバーに使われているもの以外は
モノクロなのが残念ですが
図版が多数掲載されているのも読みどころ
(というより見どころ?)のひとつ。
『マルタの鷹』のペイパーバック初版と
後のダスト・ジャケット版とが
なぜそういう版が出たのかの説明とともに
掲げられています。
ちなみに、ダスト・ジャケットのカラー写真は
小鷹信光『私のペイパーバック』の
口絵で見ることができます。
『馬鹿者は金曜日に死ぬ』の
初版と後版のジャケットも載っていて
後版が出た背景を知って見ると
なかなかに笑えます。
小鷹信光の本が
エンターテインメント中心なのに対して
尾崎俊介の本は
アメリカの文学動向や文化動向にも
目配りされているので
小鷹信光の本と合わせて読むのが
特にミステリ・ファンにとっては
有効かと思う次第です。
