『まるで天使のような』
(1962/菊池光訳、ハヤカワ・ミステリ文庫、1983.4.30)

『見知らぬ者の墓』に続く長編です。

本作品は最初
『ミステリマガジン』の
1982年1月号から3月号にかけて
連載されており
自分にしては珍しく(珍しく?)
その連載の方で読んでいます。

したがって今回が再読になりますが
カジノで無一文になった私立探偵が
たまたま一夜の宿を借りた
新興宗教コロニーが絡む話
ということ以外は
最後のオチに至るまで
すっかり忘れておりました。


新興宗教コロニーが絡むといっても
そのコロニー内での殺人を描く
といった体の作品ではなく
そのコロニーで
世話になった尼僧から
パトリック・オゥゴーマンという男の
所在を確認するという仕事を依頼された
私立探偵ジョウ・クインの
調査の経緯を描くことが
物語の中心となります。

クインが調べ始めるとすぐに、
事務員だったオゥゴーマンは
5年前のある日
帳簿のミスに気づいて
それを直すために家を出て以来
行方不明になっていたことが分かります。

オゥゴーマン失踪後に
同じ街で
銀行の金を横領した女が捕まっており
それがオゥゴーマン失踪と
何らかの関係があるのではないか
とクインは考えるのですが
なかなか埒が明かないうちに
物語は急展開を迎えます。


クインの調査は
私立探偵小説の常道を踏んだ
関係者に会って話を聞く
というもので
それによって
いろんな人間模様が描かれる
というあたり
典型的なハードボイルドないし
私立探偵小説といっていいでしょう。

ほぼクインの視点で描かれ
ストーリーの流れがぶれないので
その意味では『見知らぬ者の墓』よりも
まだ自然に話が進んでいる感じです。


そして本作品でも
最後の一句にすべてを賭ける
という書き方がされています。

このラストを
覚えていたわけではありませんが
さほど驚かされたという感じはせず
というのも
この手のプロットの私立探偵小説では
ある意味(これまた)常道だと思うからで
これは読者のアンフェアですな(苦笑)


フィニッシング・ストロークを狙った作品は
それを狙うあまり
説明不足になりがちというか
読者がエンディングの後で
作品を振り返って納得するという作業が
どうしても必要になってくると思います。

小説がうまく書かれていれば
最後の一句を読んだ途端
今まで読んできた文脈が
すべて思い出されて
深い感慨にふけることができますし
読者に想像の余地を残している分
登場人物の人生に対して
作品に書かれていないことまで
読み込んでしまうでしょうし
それが作品に
奥行きを与えることにもなるでしょう。

『まるで天使のような』は
まさに上に述べたようなことが
達成されている作品で
クインに調査を依頼する尼僧の運命には
クイン同様に深い同情を寄せたくなるという
テクストの表面上の感銘と同時に
エンディングによって立ち現われる物語が
いろいろなサイドストーリーを想像させて
これまた考えさせるものがある
と思わせる出来映えに仕上がっていました。


実は、最初読んだ時は
(二十歳ぐらいの時ですが)
大して感銘も受けなかった
記憶があります。

そのころは
サプライズ・エンディングの効果ばかりに
気持ちが向いていて
キャラクターの人生を考える
というふうには
頭が働かなかったんでしょうね。

その意味では本作品についても
読み時・読みごろというものが
ありそうな気がします。


ちなみに、今回再読して
びっくりしたことのひとつは
クインが調査の途上で知り合った
失踪したオゥゴーマンの妻と
恋愛関係になることです。

これって『見知らぬ者の墓』の
ピニャータとデイジーの関係の
再演のような気がします。

そして『見知らぬ者の墓』同様
事件の真相が明らかになったあとの
セーフティ・ネットとして
この二人の恋愛関係が
要請されたのではないか
という印象を持ったのですが
『まるで天使のような』は
そういう作者の手つきが
さほど気になりませんでした。

ただ、クインがいきなり
オゥゴーマンの妻へ告白する場面
(p.223)は、やっぱり
唐突感が拭えませんでしたけど。


ミラー円熟期の傑作といわれているのに
こちらも現在品切れ中です。

菊池光の翻訳は
ディック・フランシスの競馬シリーズや
ロバート・B・パーカーの
私立探偵スペンサー・シリーズなどを
読んだことがある方はご存知の通り
登場人物の話し言葉の語尾に
「……なのだ」が多用されるという
クセがあります。

そのクセが本作品にも出ていて
会話のやりとりは、読んでて
非常に違和感がありました。

その意味では
もし今後、再刊されるとしても
訳し直してほしい気がします。

クインがいかにも私立探偵らしいから
かえっていいじゃないか
という意見を持つ人も
いるかもしれませんが
クインだけじゃないですからねえ。


あと、フィニッシング・ストロークを
狙った作品なんですから
見開きの右ページに小説のラストが来て
すぐ左のページから解説が始まる
という組み方は
できれば避けてほしかった気がします。

解説から読もうと思った読者が
うっかり、ラストの一句に
目を止めてしまう危険性が
高いと思われるのですけど……。


ちなみに、これも後に
カバーが新しくなったみたいです。

これは記憶になかった。

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まるで天使のような (ハヤカワ・ミステリ文庫 41-4)/早川書房

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