$圏外の日乘-『クラッシャーズ 墜落事故調査班』
(2010/芹澤恵訳、文春文庫、2013.7.10)

プロフェッショナルが
自分の知識と経験を基に
さくさくと物事を処理していく
といったタイプの小説が好きです。

この作品を買う気になったのも
そういう嗜好を満足させてくれるかな
と思ったからですが
その期待は裏切られませんでした。


アメリカ北西部、
オレゴン州のポートランドで
旅客機が墜落。
さっそくNTSB
(国家運輸安全委員会)
のメンバーに召集がかかり
現場に駆けつけます。

たまたま現場近くで開かれていた
医学会に参加しており
かつてNTSBのメンバーだった
病理医のトミー・トムザックが
他のメンバーが到着するまでに
墜落現場の処理を担当。

次々と指示を出し
現場の処理を進めて行く場面は
(第1部がすべて
 それに当てられています)
圧巻です。


他のメンバーが揃った時点で
トミーが主管調査官に選ばれ
なぜ墜落したかの調査が開始されます。

この調査の過程に対する興味で
本書を買ったわけですが
それが実に面白く、興味深く
さすがアメリカの小説という感じです。

旅客機を墜落させた方法そのものよりも
それに気づく過程を
緻密に描いているかどうかが
当方の関心の的でしたし
期待通り緻密に描かれていて
満足いたしました。

いったんはパイロットのミス
と決まりかけたところで
些細な点から突破口が開ける辺りの流れは
素晴しいの一言に着きます。

飛行機を落とすトリックよりも
そのトリックを暴く過程と根拠を
ちゃんと描けているところが
ポイント高し。

犯罪を実行するトリックより
それを暴く過程を描く方が
数段難しいということは
容易に想像がつくわけでしてね。


それに関連して、
ということになるのかどうか、
航空事故首席調査官が
マスコミのインタビューに答えて
コナン・ドイルの
あり得ないことをすべて取り除いた結果が
どんなにあり得ないことであっても
それが真実だ、という台詞を
(もっとも、これはホームズの台詞ですが)
マスコミに話した際に
地元テレビ局のニュース番組の司会者が
テレビの解説者にドイルを呼びたいから
紹介してくれと言う場面には
大笑いしてしまいました。


墜落した理由を確認するための
実験中に起きた
犯人の介入による妨害を乗り切る
ある方法については
すごい! と思いましたけど
前例がないこともないので
あまりびっくりしませんでした。
(それでも、手に汗握らせます。
 これはぜひ、映像で観たいですね)

ただ、そのあとの
第二の犯行を阻止するために採った
ある手段については、のけぞりました
というか、
やってくれるよなあ、という感じで
大ウケしました。

自分の知る限り
こういう展開は
この手の航空ミステリ
ないし航空スリラーでは
なかったのではないかと思います。
(そんなに読めてませんけどねw)

法に抵触しないのか
と言う保安官補に対して
前例がないことなら
法を破っているかどうか分からない
だろ? とか応えるあたり
大喝采でした(笑)


ハリウッド映画そのもの
という感じの
ストーリーテリングでしたが
この手の小説は
お約束通りに進めるのが
何より大事なことでしょう。

その意味では読者の期待を裏切らない
エンターテインメントになっている
と思います。


あと、こうした災害が起きると
ボランティア精神にのっとり
自分のできる範囲で協力する人々が
次々と現れるというのは
アメリカの最良の部分が
よく出ていると思う次第です。

それに、現場にあるものは何でも使う
例えばキャンピングカーを徴用する件りや
上に述べた「ある方法」などは
いわゆるブリコラージュそのものではないか
とか思うわけですが
こういう描写や展開になると
アメリカのエンターテインメント小説は
活き活きしてきますよね。

そこらへんは、やはり
伝統の力だという気がします。脱帽。


あえて苦言を呈すなら
コンピューターの扱いに長けた
ゴス・ファッションの少女の不審を
最後にちょっと拾ってあげてれば
というところでしょうか。


ハリウッド映画的な勧善懲悪と
手に汗握るサスペンスと
予定調和の結末を楽しませてくれる
(悪口ではありません、念のため)
という点では、おススメの一冊です。
(上下本だから二冊かな? w)