$圏外の日乘-『隠し絵の囚人』
(2010/北田絵里子訳、講談社文庫、2013.3.15)

イギリスのスリラー作家
ロバート・ゴダードの新作です。

アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞の
最優秀ペイパーバック賞受賞作。

これは最初からペイパーバックとして
刊行された小説に与えられる賞です。

イギリス本国では
ハードカバーで刊行されていますが
アメリカでは最初から
ペイパーバックで刊行されたのでしょう。


日本で最初に翻訳が出たのは
『リオノーラの肖像』(1988)で
この時は一部の読書人を除いて
あまり話題にもなりませんでしたが
デビュー作『千尋(ちいろ)の闇』(1986)が
翻訳されてブレイク。

いっときは文春文庫、創元推理文庫、
扶桑社ミステリー(文庫)という三つの叢書から
続々刊行されていたゴダードですが
現在は講談社文庫が
独占して刊行し続けています。

講談社文庫オンリーになってから
上下本になることが多かったこともあり
あまり読まなくなっていたのですが
今回久しぶりに、手にとってみました。


アメリカの石油会社を辞職して
イギリスの実家に帰ってきたスティーヴンは
それまで戦争で死んだと聞かされていた
伯父のエルドリッチが
アイルランドの監獄から出所してきて
実家に身を寄せていることを知らされます。

36年もの間、投獄されていた理由は
黙して語らない伯父のもとに
弁護士が訪ねてきて
現在、公開展示されているピカソの絵画が
今の持ち主とは別の持ち主のものだった
証拠を探してほしいという依頼を受ける。

投獄の理由を明かせないと言うエルドリッチも
この依頼には応えられそうだと思い
自分のことを胡散臭く思っている
甥のスティーヴンを伴って調査に乗り出す
というお話です。


エルドリッチが
36年間も投獄されるきっかけとなった
1940年に起きた事件の顛末と
ピカソの正統な持ち主についての
証拠を探す1976年の調査行と
二つの時間軸が交互に語られるという構成。

舞台は、1940年のパートはアイルランド、
1976年のパートは最初イギリス、
後にはベルギーへと移ります。


先に紹介した島村匠の『マドモアゼル』
構成のパターンが似ていて
やっぱり『マドモアゼル』は
ゴダードっぽかったわけですが
今回、構成まで似ているのは
たまたまでして
要するに過去と現在とが
複雑に交錯する物語というのが
ゴダードの特徴であるわけです。


『千尋の闇』の頃に比べると
非常に読みやすくなっていて
さくさく読めました。

上巻にチラッと出てきた人物が
下巻になって意外な登場の仕方をするあたり
構成の緻密さを感じさせはしますが
あまり関係がありすぎると
かえって御都合主義な印象を与えもするわけで
そこらへんの匙加減が難しい。

まあ、読んでいる間は
気にならないのですけれども(笑)


実在の人物も出てきますが
1940年代当時のアイルランドの首相なんて
極東の凡庸な読者である自分には
フィクションの登場人物と
変わりませんけどね(苦笑)


物語自体は
ちょいワルの伯父さんと甥っ子の冒険
というパターンを踏まえたもの
といえるでしょう。

こういうパターンの物語は
伯父さんのキャラクターによって
面白くもつまらなくもなりますが
本書に関していえば
エルドリッチ伯父は実に魅力的。

伯父が1940年に
ある行為をしていたことを知り
甥のスティーヴンが
「あなたを道義心のある人間としてみるのは、
なかなか難しいな」と言うと
エルドリッチは次のように応えます。

「やめてくれ。道義心なんぞ関係ない。
 つまりは人間性によるんだ。
 どういう種類の人間かってことさ」
(下巻、p.198)

この台詞、なかなかいいです。


ゴダードの今回の小説では
1976年の事件に決着がついたあと
1920年の章をはさんで
登場人物たちのその後を語る
2008年の章がエピローグになっています。

その1920年の章の配置が絶妙で
本来ならプロローグにあたる内容だと思いますが
1976年の調査行の最後に起きた事件の
後に置かれることで
様々な感慨がわいてくると同時に
この作品が「人間性」をめぐる話だったことが
くっきりと浮かび上がってきます。

これは巧いですね。
さすがに酸いも甘いも噛み分けた
イギリスの作家らしい気がします。

また、ゴダードがこだわっている
(と記憶する)モチーフを
くっきりと浮かび上がらせることに
成功しているようにも思う次第です。


久々に読んだゴダードは
やっぱり面白かった( ̄▽ ̄)=3

おススメです。