$圏外の日乘-『われらが背きし者』
(2010/上岡伸雄・上杉隼人訳、岩波書店、2012.11.7)

先にご紹介した
『ケンブリッジ・シックス』
オビにも名前が挙げられていた
スパイ小説の巨匠であり
近年は作品が映画化された
(映画のタイトルは『裏切りのサーカス』)
イギリスの作家ジョン・ル・カレ。

何と岩波書店から訳されたと知って
びっくりでした。

当初は早川書房から出ていたル・カレが
集英社文庫で出た時や
光文社文庫で出た時にも驚きましたが
いわゆる純文芸専門と思われている
岩波から出るとは……。


タイトルは、エピグラフとして置かれた
シェイクスピアと同時代の桂冠詩人
サミュエル・ダニエルの詩を
踏まえたもののようです。

邦題だと、「われら」が背いた(裏切った)
相手を指している感じですが
原題 Our Kind of Traitor はむしろ
「われら」は反逆者(裏切者)の同類であると
自分たちを指しているような気がします。

あるいは、裏切者(相手)は
「われら」の同類である、仲間である
ということでしょうか。

主要人物である
オックスフォード大学の個人指導教師
ペリー・メイクピースの主観からすれば
相手は自分の仲間ということに
なるのかもしれませんが。


以下、陰謀の内容にはふれてませんが
ストーリーについて
やや詳しめにふれていますので
これから読むという人は、ご注意ください。




オックスフォード大学の
個人指導教師(チューター)である
ペリー・メイクピースは
恋人で弁護士のゲイル・パーキンズと共に
カリブ海のある島へバカンスに出かけ
そこでロシア人のディマと知りあいとなり
諜報活動に巻き込まれる、というお話。

訳者あとがきには
そのロシア人の正体や
目的が書かれていますが
ここでは伏せておきましょう。

ちなみに自分は、翻訳ものを買う際
訳者あとがきや解説はもとより
カバー裏の内容紹介やオビ文なども
なるべく読まないようにしています。

ですから今回も
ロシア人の正体や目的を知らないまま
読み始めました。


最初の200ページまでは
ペリーが島でどういう経験をしたのか
その顛末を
いろいろと話を迂回させながら
だんだんと明かしていく
という書き方になっています。

ペリーがロシア人ディマの話を聞く場面では
「英語教師としてのペリーは、
 ディマの語りが
 独特の物語展開を示すことにも
 気づいている。
 間接的なエピソードを通して
 ストーリーが現われてくるのだ」(p.179)
と、地の文で語り手が述べてますが
このディマの語り口がそのまま
本書の前半の語り口にもなっている
という感じです。

読む人によっては
めんどくさい感じがするかもしれませんが
モザイクの断片的に
事実が示されていくにしては
割と読みやすかったです。

この前半の最後で
ゲイルが何を気にしていたのか
それがペリーのどういう考え方に拠るのか
ということが明らかとなり
諜報部員のヘクター・メレディスが
「君はあるレベルでは
 ——すなわち、
 通常の人間関係のレベルでは——
 この明らかに困難な状況において、
 極端な男性優位主義者のように
 ふるまっている」(p.203)
とペリーに言う場面は
自分的には最高に盛り上がりました。

そしてペリーとヘクターの
最後のやりとりが
皮肉が利いているというか
奥が深いというか
実に良かったです。

我々を信用してくれと言うヘクターに
ペリーが応えて曰く。
「何を根拠に? あなた方は
 自分の国のためなら
 平気で嘘をつく紳士たちですよね?」
「それは外交官だ。われわれは紳士ではない」
「では、保身のために嘘をつく」
「それは政治家だ。われわれは
 まったく違うゲームをしている」(p.207)

ヘクターのいう「まったく違うゲーム」が
ル・カレの小説のテーマというか
モチーフになっていると思いますけど
本書に関しては
「まったく違うゲーム」をしているために
起こりうること
起こらざるを得なかったことが
描かれているという気がします。

それが何かということは
ここでは伏せておきますが
実をいえば、それが何かということは
自分でも、よく分かっていないというか
考えを詰められておりません(苦笑)


小説の方は、上記のやりとりのあと
100ページほど使って
本書で中心的役割を果たす諜報員側の
背景などが描かれていきます。

そして残り200ページで
ロシア人ディマに絡む諜報活動の
顛末が描かれていきます。


上の写真でも分かるとおり
オビに載っている池澤夏樹の惹句には
結末に「ボーゼン!」と
大文字で謳ってあります。

さすがにこの惹句は
店頭で手に取ったときに
目にせざるを得ず(苦笑)
最後の100ページになると
ドキドキしながら読み進めました。

確かに「ボーゼン」とするのですが
ミステリでいうところの
いわゆるサプライズ・エンディングとは
違う体の「ボーゼン」でした。

「ボーゼン」とする結末になった
理由や背景が
明確に示されておらず
作中で暗示されていることから
読者が再構成しなくてはならない、
そんなふうな書き方なので
ひとによっては、なんじゃこりゃー!
と思うかもしれません。


登場人物たちのその後も気になるのですが
ル・カレはいっさい説明しません。

そこらへんが
『ケンブリッジ・シックス』の
書き手との違いでして
正直いって分かりにくいし
割り切れないものが残ります。

読みやすいけど分かりにくい
というのが、ル・カレの
特徴のような気がします。

だから、おススメ! とは
素直にはいえないのですが
少なくとも前半200ページほどは
面白かったです。

エンターテインメントとしては
『ケンブリッジ・シックス』の方が
おススメできますが
少し歯ごたえのある小説が読みたい人は
手に取ってみてもいいかもしれません。