$圏外の日乘-『償いの報酬』
(2011/田口俊樹訳、二見文庫、2012.10.20)

以前、殺し屋ケラー・シリーズを紹介した
ローレンス・ブロックの本命シリーズというのか
私立探偵マット・スカダー・シリーズの
実に6年ぶりの最新作(だそう)です。

奥付は10月ですが
なぜか二見文庫は
刊行の1ヶ月あとの奥付表示が
慣用のようですので(雑誌的発想?)
すでに店頭に並んでます。念のため。


自分はスカダー・シリーズの良い読者ではなく
『八百万の死にざま』(1982)すら読んでません。

今回の作品は、74歳になったスカダーが
45歳の時に手がけた事件を回想する
というスタイルで
(「訳者あとがき」によれば
 『八百万の死にざま』の1年後の事件
 という設定だそうです)
要所要所に
これまでのシリーズに出てきた
脇役とかエピソードとかに
ふれているようです。

そういうシリーズ読者なら
知っているべきことを
知らなくても
充分楽しめる作品なのは
いうまでもありません。


断酒自助会とも意訳される
AA(Alcholics Anonymous)の集会で
幼なじみのジャックに再会した
マット・スカダー。
以前、彼を見かけたのは
スカダーが警官だった頃
面通しの場においてでした。
幼なじみはいつのまにか
犯罪者に変貌していたわけですが
そのジャックも今ではAAの集会に参加し
前非を悔いていました。

AAでは禁酒プログラムとして
12のステップを設定していて
ジャックはその8番目に達していました。

それは、かつて自分が傷つけた人々に
直接、埋め合わせをしようとする行為で
そのステップの最中に
何者かに射殺されてしまいます。

「埋め合わせ」に訪れたジャックを
かつて彼に傷つけられた人間が
怒りの余りに殺したものかもしれない、
そのステップの実行を勧めた自分は
犯人に至る情報を持っているのかもしれない
と憂えたジャックの助言者(スポンサー)が
スカダーに調査を依頼する、というお話です。

ちなみに、助言者(スポンサー)というのは
断酒を助けるサポーターみたいな存在です。


私立探偵小説に典型的な
巡礼型のプロットなわけですが
それだけに安心できるのと
訳がいいのとで
さくさく読めました。

殺し屋ケラー・シリーズでも見られた
言葉(や常套句など)にこだわる
ウィットやユーモアあふれる語り口は
本書でも健在で
それが謎ときの鍵にもなっています。

犯人はそこそこ意外でしたが、
途中で起きた偽装自殺のための密室は
そういう風に作成したのか、の解明は
すっとばしてます。

まあ、なんとかしたんでしょう(苦笑)

この手のジャンルだと
説明されると
かえってシラケることもあるので
それはそれでいいか、と思ったり。

ガチガチの本格ミステリを期待しなければ
それなりに楽しめます。

少なくとも自分は
気持ちよく読み終えました。

密室の解明がされてないというのも
今、感想を打っていて
気づいたくらいでして(^^;ゞ

ラストの、犯人との対決の処理も
こういうものだろうと思います。


自分も酒を呑む方だと思いますが
AAに通うくらいのアル中というのは
想像もつきません。

こういう作品を読むと
アメリカの酒飲みというのは
段違いのようだなあと、いつも思います。

そういう段違いのアル中の
断酒をめぐる挿話に接するというだけでも
読んでて面白かったです。

真犯人がスカダーに仕掛けた
恐るべき罠は、意外であると同時に
もっとストレートなものを予想してたので
ちょっと感銘を受けました。


印象的なフレーズも多いのですが
今回、特に印象に残ったものをふたつ。

「人は一気には死なない。今ではもう。
 人は一度に少しずつ死ぬ。
 それが現代というものだ。」(p.331)

スカダーが話を聞いた関係者が
物取りに襲われた死んだ後
被害者の家に電話をかけて
まだ留守番電話が反応したのを受けて
電話会社が回線を切るのはいつだろうと
スカダーが考えた時の述懐です。

「自分に使える道具がハンマーだけなら、
 どんな問題も釘に見える
 などと言う。」(p.467)

今回の事件は
過去の犯罪を暴かれたくない人間が
過去を知る人間を殺す話なのですが
その人間はこれまでにも
何かまずい問題が起これば
人を殺してきた人間だと思われ
そういう人間の問題解決の仕方を
言ったものでしょう。
「などと言う」とありますから
巷間いわれる決まり文句かもしれませんね。