
(1936/猪俣美江子訳、創元推理文庫、2012.3.23)
今年の3月に出た本ですが
ようやくというか、今ごろ読み終えました。
以前こちらで紹介したことのある
『紳士と月夜の晒し台』(1935)の作者
ジョージェット・ヘイヤーの
前作と同じハナサイド警視が登場する
シリーズの第2作です。
前作もそうでしたが
今回も、登場人物相互の
やりとりと会話が絶妙で
ほとんどそれだけで読ませてしまう
その書きっぷりは見事なものでした。
誰もが嫌っていた当主が
ある朝、死んでいるのが発見されます。
当初は病死だと思われたのですが
結婚して別に家を構えている当主の妹が
病死に納得がいかず
検屍解剖を求めたところ
毒殺だったことが明らかになり
犯人は誰か、という話になるのですが
さすがにイギリス・ミステリの
黄金時代(第1次と第2次の世界大戦間を指します)
後半に出た作家だけあって
退屈な訊問シーンを重ねる
という愚を犯してはおりません。
前作のように
ゲーム感覚で推理を重ねることこそ
ありませんが
奇矯、というほどではありませんけど
とにかく個性的なキャラクターの言動が
警察の捜査とは別に描かれ、
ハナサイトがいる場合は
警視を翻弄するかのように
のらりくらりとした言動が描かれる。
そうしたやりとりが面白く
そのやりとりのテンポといい
やりとりの場面転換でストーリーをつなぐ
語り口といい
ミステリを書いているという気負いを感じさせず
自然体なのがすごい。
そして、残り30ページになっても
事件の真相をめぐって
ドタバタした混迷の雰囲気を残しつつ
その残り30ページできっちり解決し
意外な犯人まで用意しているのには
脱帽しました。
伏線もきっちりと張ってあったしなあ。
最後は、ラブコメみたいな要素もあって
(前回にもあったような……w)
読者サービスに怠りないのも
さすがです。
とにかく
たいして派手な事件でもなく
ショッキングな見せ場もないのに
登場人物の出し入れと会話の面白さだけで
360ページほどのストーリーを
飽きずに読ませてしまう話術の巧みさは
見事の一言に尽きます。
何となく、演劇的な
ストーリーの立て方のような気がしたり、
そういうところ
やっぱイギリスの作家だよなあ
と知ったかぶりで
一人ごちてみたくなったり(苦笑)
ハナサイト警視が
シリーズ・キャラクターですが
いわゆる名探偵ものではなく
関係者側のキャラからストーリーを進めて
警視はまったくの脇役扱い。
それでもそれなりにきちんと推理するのですが
主役として花を持たせられないあたり
いわゆる名探偵ものの枠組みに収まらない
この作者ならではの個性を感じました。
特に、あるキャラクターが
徹底的に警察を(ハナサイトを)
コケにしているのが印象的でした。
こういうノリは
前作にも見られたもので
そこらへんは
黄金時代のミステリらしい
といえるかもしれません。
現代のミステリじゃ
こうは書けないかもなあ。
今回は、前作のように
晒し台に足かせをつけて殺されたという
不自然なシチュエーションもないので
肩すかし感もありません。
そういう無理なシチュエーションが
出てこないだけ、
前作より洗練されていると思います。
プロット自体は
よくあるものというか
類例はいくらでもあると思いますが
語り口で新しく見せているのが
すごいのです。
英国産ユーモア本格ミステリの秀作です。
おススメ!