以前、クェンティンの
『癲狂院殺人事件』について
書いたことがありますが、
その改訳版がこの4月に出ました。

それがこちら↓の『迷走パズル』です。

$圏外の日乘-『迷走パズル』
(1936/白須清美訳、創元推理文庫、2012.4.27)

原題は A Puzzle for Fools で、
訳者あとがきにもある通り
「愚者パズル」と訳されることも
これまでありましたが、なぜか今回
『迷走パズル』という邦題になりました。

治癒可能な軽微の患者を収容した
精神病院を舞台としているため、
差別的にならないよう
配慮したせいでしょうかね。


パトリック・クェンティンは
二人の作家による合作ペンネームです。
何度かパートナーが変わったり
一人で書いたりした作品もあります。

『迷走パズル』に始まる
いわゆるパズル・シリーズは
タイトルがすべて Puzzle for で始まる
(不定冠詞の A が付くのは『迷走パズル』のみ)
というふうに統一されていて、
演劇プロデューサーのピーター・ダルースと
その奥さんのアイリスが
シリーズ・キャラクターとなります。

シリーズ第1作の『迷走パズル』は
二人の出会いを描いたエピソードです。


念のため、補足しとくと、
ダルース&アイリス・シリーズは
8作あるんですが(数えようによっては9作)、
7、8作目は題名に Puzzle for が付きません。

シリーズ後半を読んでいると、
このシリーズ第1作は
読んでいて切なくなるのですが、
それはまた、別の話。


劇場の火事で妻を失い
アル中になったダルースは
レンツ博士が経営する
精神病院に入院するのですが、
ある夜、殺人が起きるという
幻聴を耳にします。

この幻聴を聴いたのは
どうやらダルースだけではなかったようで
悪意ある人間の存在を危惧したレンツ博士は
ダルースに、彼への治療も兼ねて
悪意の存在を突き止めることを依頼するのですが
とうとう介護士(理学療法士?)の一人が
殺されてしまいます。

そして第二の殺人が起きて
アイリスに嫌疑がかかり、
ダルースは真犯人に
罠をかけようとするのですが……


題名に「パズル」と謳っている通り
犯人探しの面白さを前面に出したミステリです。
最後には、名探偵が関係者を集めて
謎解きをするという場面まで設けられてますが、
舞台が舞台ということもあり
何とはなしに現実離れした雰囲気が漂う
サスペンスものとしても読むことができます。

文庫本のカバー絵はやけに軽い感じですけど
(なんだか『洋酒天国』的な感じw)
読んでみると、ただ軽いだけじゃなく、
陰鬱とまではいいませんが、
自分の精神がおかしいんじゃないか
という登場人物たちの
(特に語り手であるダルースの)
不安感が感じられて、
後にサスペンスものの作家として開花する
才気の萌芽が感じられます。

あと、1929年の大恐慌の影響が
作品中の設定にも、にじみ出ていて、
上記の不安感のような雰囲気は
大恐慌以降ならではのもの
といえるのかもしれません。


訳文は、以前紹介した高橋泰邦訳より
断然読み易いです。

以前、紹介した時に
「バッハのラプソディ」って何?
と書いた箇所は、今回の本では
「ブラームスのラプソディ」になってました。

それなら分かります。

要するに『癲狂院殺人事件』の方は
単なる誤訳だったわけですかね(苦笑)

また、『癲狂院殺人事件』で
「バッハの合唱曲」と訳されている箇所は
バッハのコラール曲のことだろうと
前に書きましたが
今回の本ではちゃんと
「バッハのコラール」となってました。

やっぱりねー(えっへん)


なお、やはり前に紹介した
パズル・シリーズ第2作『俳優パズル』
おなじ訳者によって改訳されるようです。

楽しみですね。