
(2007/長野きよみ訳、RHブックス+プラス、2011.5.10)
RHブックス+プラスというのは
武田ランダムハウスジャパン
(旧・ランダムハウス講談社)が出している
文庫のシリーズです。
ルイーズ・ペニーはカナダの女性作家で
これまでガマシュ警部シリーズの
第1作『スリー・パインズ村の不思議な事件』と
第2作『スリー・パインズ村と運命の女神』というのが
ランダムハウス講談社文庫から訳されてました。
『スリー・パインズ村の無慈悲な春』は
ガマシュ警部シリーズの第3作です。
邦題から想像がつくように、
カナダのケベック州山間にある
架空の村スリー・パインズで起きた事件が
毎回の舞台となります。
ちょっと、アガサ・クリスティーの
セント・メアリ・ミード村を連想させますし、
これまで第2作の『運命の女神』と
本書『無慈悲な春』、そして未訳の第5作が
アガサ賞の最優秀長編賞を受賞しています。
(第1作は英国推理作家協会賞の
最優秀長編賞を受賞しています)
主人公のガマシュ警部は
〈現代のポワロ〉とも評されるようですが、
これは要するに、現代を代表する名探偵
といっているのに等しく、
ポワロそのもののキャラではありません。
前2作もいちおう読んでますが、
あまり面白いとは思いませんでした。
面白いと思わなかった理由をいおうとすると
長くなるので書きませんが、
というより、今回読んだ第3作で
印象を改めましたので
もう一度読み直さないと
ちゃんとした感想は書けないです(^^;ゞ
そう思わせるくらい、
第3作『無慈悲な春』は、傑作でした。
まあ、現代のクリスティーとか、
現代のポワロ(あるいはミス・マープル)
という評価は、一種の決まり文句でして、
田舎のコミュニティ(村)を舞台にしたり
素人探偵を活躍させたり、
現代的で殺伐としたテーマや背景を
取らない作品に対して
クリスティー風とはどういうことかを定義せず
イメージだけで使われるクリシェなわけです。
だから、個人的には
その手の宣伝文句を
あまり信用していません。
実際読んでみると、
ガマシュのどこがポワロやねん
と、これまでは
思わずにはいられなかったのですが(苦笑)
『無慈悲な春』に関しては
なるほどクリスティー風、
それも後期のクリスティーを
彷彿させる出来映えでした。
謎解きのポイントを心理の機微に置くというか、
心理の機微で犯人を詰めつつも、
詰めてみれば、本文が伏線だらけだったことに
気づかされる話だというか。
今回は「嫉妬」がテーマなんですが、
メインとなる事件の動機だけでなく、
ガマシュ自身の問題のプロットとも
密接に結びついているあたり、見事でした。
ガマシュ警部はかつて
ケベック州警察の、ある警視の腐敗を暴き
そのために上司ににらまれ
出世の路を閉ざされただけでなく、
州警察内に敵を作ってしまい
つねに寝首をかかれる危険と背中合わせ
という設定なわけです。
ガマシュをスパイするために
ガマシュの敵が子飼いの部下を送り込み
そのために、本筋である
殺人ミステリの謎解き以外のストーリーが絡んできて
これまでの作品ではそれが
煩いなあという印象だったんですが、
今回は、ガマシュを追いつめる陰謀が
サスペンスを生んでいるだけでなく、
その陰謀と本筋の殺人ミステリの謎とが
テーマ的に、きれいに絡み合っていきます。
ガマシュが暴いた腐敗の詳細も
今回初めて明らかになったのではないかしらん。
前2作ではそれが曖昧だったこともあり、
隔靴掻痒の感が免れなかったし、
そのためメインの謎解きの邪魔だとしか
思えませんでした。
ところが今回、メインの謎解きと
ガマシュを罠にかける話とがリンクしていて
「嫉妬」というテーマが
きれいに浮かびあがっています。
のみならず、この「嫉妬」というテーマが
実に説得力あふれる感じに描かれていて
(これは個人的な好みかもしれませんが)
最後の、名探偵(ガマシュね)が関係者を集めて
謎解きをするシーンは、
ものすごい緊迫感がありまして、
クリスティーの後期作品、たとえば
『ハロウィーン・パーティ』を思わせるような
繊細で微妙な心理の物語になっていたのには
感服しました。
犯人の心のありかた、
そして謎解き場面での心のありように
ものすごく共感しちゃいまして、
悪は悪であり、非倫理的ではありますが、
想像すると涙せずにはいられませんでした。
端的にいって、ツボでした。
スリー・パインズ村に住む
レギュラー・キャラクターの
サイド・ストーリーも
メインの事件と不可分に結びついているというか、
メインの事件の心理的な伏線になっていて
感心させられました。
画家夫婦の奥さんの作品をめぐる
サイド・ストーリーもいいですが、
なかでも、村の有名な詩人である老女の
カモの雛をめぐるエピソードは
単なる雰囲気づくりに止まらず、
「嫉妬」というテーマとも
密接に結びついていて、すごかったです。
よくよく考えれば、
毒殺トリックのアイデアも
なかなかのものです。
そして、ガマシュ警部への罠をめぐる
オチの付け方もびっくりでした。
これは、シリーズを読んできた人ほど
びっくりすると思います。
全2作がようやくここで落ち着いた感じ
というか……。
個人的には本書は今のところ
この作者の最高傑作でして、
今回で大バケしたという感じです。
「訳者あとがき」によれば
このシリーズ、続いて訳されるそうです。
『無慈悲な春』が5月に出た時は、
また出たか~、という気分でしたが、
読み終えた今では(今ごろw)
次作の翻訳がとても楽しみになってきました。