圏外の日乘-ローレンス・ブロック『殺し屋 最後の仕事』
(2008/田口俊樹訳、二見文庫、2011.10.20)

二見文庫はなぜか
奥付(カバー袖に付いてます)の日付の
ひと月前に刊行されるので、
実際は9月20日頃に出た本です。

ローレンス・ブロックといえば
映画にもなった『八百万の死にざま』
(原作は1892年刊)を代表作とする
私立探偵マット・スカダー・シリーズが
有名かと思います。

他にも、泥棒バーニイ・シリーズとか
書いてますが、
ここに紹介するのは
殺し屋ケラー・シリーズ。
しかも最終作です。

殺し屋シリーズは、
切手収集を趣味とするプロの殺し屋を
主人公に据えて、
これまで3冊の短編集が
まとめられてきました。
4冊目の本書は唯一の長編
ということになります。
(連作長編スタイルのものは
 ありましたけど)

解説で伊坂幸太郎が、
これまでの作品は
ストーリーだけ見れば
「どうということのない」話だった、
読者を先へ先へと導いていく
ストーリーがない話だった、
たとえれば
グライダーに乗っているようなもの
だったけれども、
本書で初めて、
物語を進ませるエンジンのようなものが
搭載されている
というようなことを書いています。

さすがは伊坂幸太郎、
比喩の使い方が絶妙です。


今回は、いつもの通り
殺しの依頼を受けたケラーが、
ある州に向かいますが、
クライアントからゴーサインが出る前に
州知事が何者かに暗殺されてしまいます。
その上、ケラーが暗殺犯として
追われる身になってしまう、という話です。

殺しの依頼を仲介する
エージェントの女性ドットも
何者かに殺されたようで、
ケラーは四面楚歌の状況になるのですが、
主人公が犯罪者であるにもかかわらず
というか、堅実に誠実に淡々と仕事をこなす
社会人のような雰囲気を漂わせているため、
四面楚歌になり追いつめられていくケラーに
読み手の方も感情移入してしまい、
ケラーが覚える様々な喪失感に共感し、
心の痛みを覚えるように書かれています。

そこらへんが実によろしい。

このシリーズ、
エージェントのドットとケラーとの
会話のやりとりが
ウィットに富んでいるというか、
妙な可笑し味が感じられて、
この二人の会話だけで持っているような話も
短編の中には、あったかもしれません。

そんなところも、
「どうというところのない」話だと感じさせる
ゆえんかと思いますが、
その「どうというところのない」感が
まったく絶妙としかいいようがないんです。

今回は最後、自分を罠にかけた依頼人に
復讐するというか、
おとしまえをつけるんですが、
それも、とてつもなくクールでカッコいい
というのではなく、妙に可笑しい。

クールはクールなんだけど、何だか可笑しい。

ちなみにその最後の場面は
ゴルフ場が舞台になってます。

その場面の前に描かれる
依頼人の協力者を拷問する際の
飼い犬をめぐるやりとりも、
実にウィットに富んでました。

こういう味わいを出せるのは、
たとえば、エド・マクベインとか
ドナルド・E・ウェストレイクとか
いわゆる職人作家といわれるような
アメリカの作家たちに多いような気がします。

そういえばウェストレイクも
リチャード・スターク名義で
悪党パーカー・シリーズを書いていて、
このパーカーが、やっぱり
誠実で堅実な仕事ぶりを見せていて、
実にプロテスタンティズムの精神に満ちている
といった印象を持ったことがあります。

真っ当な仕事でなくても誠実にこなす
というあたりに、
篤実な市民性のようなものが感じられて
そういう印象を持たせるんでしょうかね。

大上段に構えず、さらりと読ませて、
人生の機微なんかも、少しはのぞかせる、
まことに洒落た味わいの小説を読みたい方には
おススメなんですが、
解説で伊坂幸太郎も書いているように、
『殺し屋 最後の仕事』から入るよりは
シリーズの1冊目から入った方が
いいかもしれませんね。

第1作は『殺し屋』(1998)というタイトルで
同じ二見文庫から出ています。

今、手に入るのかどうか分かんないなあ
と思ってたら、
ジュンク堂書店(新宿店)で
伊坂幸太郎の推薦文オビ付き本が
平積みになってるのを見かけましたから
入手可のようです。

買い逃した方は、この機会にどうぞ。