
(2011/田口俊樹訳、新潮文庫、2011.9.1)
こちらでは以前
『グラーグ57』(2009)という作品を
紹介したことがある
トム・ロブ・スミスの
レオ・デミドフ・シリーズの第3作です。
かつてはソ連の国家保安省捜査官だったレオも
前作で描かれた事件の影響でだったか、
工場長としての生活を送っています。
レオの妻ライーサは
教育者として成功しており、
アメリカへ教え子たちを連れて
親善コンサートに向かうことになりました。
そして国連本部で開かれた
アメリカの少年少女との親善コンサートの夜、
悲劇的な事件が起きるわけですが、
その事件が起こるまでの顛末と
真相の究明までを描いた作品ですが、
事件の発生から真相の解明まで
実に30年に亘るという物語です。
物語は、レオとライーサが
出会うきっかけとなった
黒人共産主義者の、
ソ連への来訪時のエピソードから始まります。
それが1950年のこと。
親善コンサートが開かれたのは
その15年後の1965年。
この親善コンサート絡みで仕掛けられた
謀略のために、レオはアメリカに渡ろうという
執念に取り憑かれるのですが、
それが上手くいくはずもなく、
国外脱出に失敗したレオは
紛争下のアフガニスタンに
送られることになります。
それが1973年のこと。
ここまでが上巻のストーリーですが、
この上巻の、
特に舞台がアメリカになってからのサスペンスは
半端ではありませんでした。
下巻は、それから7年後の1980年から始まります。
当時、ソ連はアフガニスタンに侵攻していて、
共産主義政権とともに
反政府ゲリラを鎮圧しようとしていたのです。
レオはそこで軍の特別顧問を務めていました。
下巻ではまず、このアフガニスタンで
反政府ゲリラによるテロ活動の捜査に巻き込まれ
アメリカに亡命を果たすまでの
経緯が描かれます。
アフガニスタンでは、
目標のない人生を生きる
苦しさから逃れるためか、
阿片中毒者になってしまったレオですが、
国家保安省の捜査官だったころの勘は
鈍っておらず
脱走兵の行方を突き止めるあたりの
推理や捜査の呼吸は見事なもので、
阿片中毒者ということもあって
シャーロック・ホームズを
ちょっと連想させます。
作者も意識してるんじゃないかなあ。
上巻がスパイ小説(国際謀略小説)の
ノリだったとすると、
下巻は冒険小説のノリですが、
レオの、秘密警察学校の教え子である
アフガニスタン人女性のありようが、
上巻での、レオの娘エレナのありように
重ね合わさるように書かれている感じもします。
そして1981年、アメリカに渡ったレオは、
上巻で描かれた事件の調査に取りかかるわけです。
最初の事件が起きてから30年も経っているわけで、
おまけにレオは英語が堪能ではないので、
調査に苦心するのですが、
残りは140ページほどなので、
割とサクサク進む感じですね。
サクサク進んでくれないと困るし(苦笑)
サクサク進んでも
ご都合主義な感じはしません。
そこらへんの書き方はさすがに巧いです。
そして、ものすごく意外な謎解き
というわけではないし、
トリッキーでもありませんが、
おっと思わせる要素と納得感がありました。
最初の方(ソ連時代)に出てきたあるアイテムが
このアメリカでの捜査に活きてきて
対のような感じになっているというか
円環が閉じるような印象を与える構成も
なかなか見事なものです。
『グラーグ57』では
最後のブタペストにおける市民暴動の場面が
読むスピードを落とさせましたけど、
『エージェント6』は
最後に謎解きを持ってきたこともあって
スピードが落ちることもなく、
最後の最後までリーダビリティの高い
傑作に仕上がっていると思います。
そして、ヒューマン・ドラマとして
感服させる要素が満載であることは
いうまでもありません。
唯一、気になったのは、
こんな謀略に巻き込まれたら、
そしてこんな結果を招いてしまったら、
エレナ(主人公の、下の養女)は
二度と立ち直れないんじゃないか、
と思うんですが、
にもかかわらず
事件後のエレナの扱い(下巻)は
あっさりと済ませている点ですかね。
エレナの立ち直りに筆を費やすと
全体のバランスが狂うことは
想像がつくのですが……
エレナの犯したのが若さ故の過ちだけに、
それが徹底的に突き詰められるべきだと思うのは
年取った今の自分の
若さへの嫉妬かもしれませんので、
あまりこだわりませんが(苦笑)
本書はおそらく、今年末に結果が出る
今年度の各ベスト10を席巻すること
間違いないでしょう。
それにしても、
すぐ前に紹介した『殺し屋 最後の仕事』も
田口俊樹さんの訳業でしたけど、
たまたま同時期に出たのだとはいえ、
精力的に仕事してるなあ。
どちらも訳文に引っかからずに読めるのが
すごいのでして。
ちなみにオビを外すと、これこの通り。

ちゃんと、ひと続きに
なるようになってますが、
趣向としては、ちょっと地味かな~(藁