$圏外の日乘-『砂洲にひそむワニ』
(1975/青柳伸子訳、原書房、2011.2.28)

オビにもある通り、
アメリカ探偵作家クラブ(MWA)が選んだ
歴史ミステリ・ベスト10で
第8位に当選した作品です。

これは待望の翻訳です。

ちなみに、作者は
テレビでもおなじみの
修道士カドフェルものを書いた
エリス・ピーターズと名前が似てますが、
別人です。念のため。


本作品の時代背景は、
中世イギリスではなくヴィクトリア朝です。
父の遺産を継いで金満家となった
アメリア・ピーバディーという
オールドミスが
(設定年齢は32歳です。
 アレクシア女史よりは
 そのイメージに合うでしょうか? w)
エジプト旅行を思い立つことから
物語は始まります。

現地で、行き倒れのイギリス人女性を助け
その不幸な経歴を知った上で
コンパニオン(お相手役)として採用し、
やはり現地で知り合った
エジプト考古学者である男性たちの
発掘現場に向かうのですが、
そこで、発掘されて甦ったミイラに襲われる
という怪異に遭遇します。

まるで戦前の(第二次世界大戦前の)
怪奇映画みたいですね(藁

その事件の顛末を描いた歴史ミステリです。
というより、時代ミステリというべきでしょうか。


アメリアは、当時の女性としては知的で
活動的という設定なのですが、
威勢は良くて決断力があっても
事件に対するアプローチに関しては
さほど知的な感じはしません。

ヴィクトリア朝のイギリス人女性は
知的であることをもってして
世間に受け入れられるわけではないことは
先にご案内のアレクシア女史シリーズでも
描かれているわけですが、
女性主人公がそのことにいちいち腹を立てて
男性たちに突っかかる態度を示されると
かえって頭が悪く見えてしまうのですね、
悪いけど。

それは、時代こそ違えど、
アリアナ・フランクリンの
女医アデリアの態度にも感じたことでした。

感情の起伏がある方が人間味がある
という判断によって
造形されているのかもしれませんが、
それは男性読者の好みなんじゃないのか、と
個人的には疑ってる次第です(^^ゞ

本作品のアメリアにもその傾向があり、
小説の最初から臭わされている
「批評家」の存在もあって、
この作品、結局、男性側の嗜好に合わせて
書かれているんじゃないの~( ̄▽ ̄)
と思ったりもします。

それは一概に悪いことではありませんけど、
(当方の偏見、ないし
 経験値が低いからかもしれませんし【苦笑】)
アメリア・シリーズの第1作だという
思い込みがあったこともあり、
そして謎がやや単純であったこともあり、
読んだあと、ちょっとなあ、
と思ったことでした。

でもまあ、自意識を持った女性と
そういう女性を相手にしなくちゃいけない男性との、
いかにもヴィクトリア朝っぽい
隔靴掻痒感のある恋愛コメディの要素は
そこそこ楽しめます。

本作品はユーモア・ミステリでもあるわけです。


現代の読者であれば、
ミイラが本当に甦ったとは信じるわけもなく、
誰が何のためにミイラ騒動を起こすのか
という謎についても、
読みなれた読者なら気づくと思います。

ただ、ミイラの正体が明らかになった時、
それまでのストーリーに
まったく無駄がないことに気づかされて、
そのプロットには、ちょっと感心しました。

謎がおおらかな分、油断してたというか( ̄▽ ̄)

あと、探偵役にあたる登場人物が
謎に対して論理的に行動しようとしていること、
謎の解明の手続きに無理がないこと、
そういうスタンスが押さえられているのは
いいですね。

アガサ・クリスティーに匹敵する巧妙なプロット
とまでは、いえないにしても、
クリスティーの中東ものが好きな人には
おススメかもしれません。


先にアメリア・シリーズといいましたが、
このシリーズはこのあと
アメリア一家ものになるようです。
単行本で出されちゃうと、
残りが簡単に訳されないだろうなあ
とも思われ、ちょっと残念な気がします。

せめて、オビの裏表紙側で
本書を誉めている言葉が引用されている
ピーター・ラヴゼイが好きだという
The Last Camel Died at Noon(1991)が
訳されるといいんですが……


あと、細かいことをいうようですが、
邦題の「ワニ」は
「鰐」と漢字表記にした方が
良かったような気が……

ま、個人の好みですけどね。