$圏外の日乘-この世の涯てまで、よろしく
(2008/酒寄進一訳、東京創元社、2011.5.20)

フレドゥン・キアンプールは
ドイツの作家です。といっても
ペルシャ人とドイツ人のハーフで、
経営コンサルタントでもあり
ピアニストとしても活躍する
という異色の経歴の持ち主です。
おまけに趣味はタイ式ボクシングなのだとか。

才人というのは
どこの国にもいるのですね。
当たり前ですが。


1920年生まれで
1949年に死んだユダヤ人ピアニストが、
現代のドイツに甦り、
音楽大学で起きる連続殺人事件の解決に
尽力するというお話です。

設定だけ聞くと、何だか面白そうです。
おまけにジャケのイラストも、なかなかいい。
(思わずジャケ買いしそうな装画は魚住幸平)
オビの惹句もそそられるものがあります。

というわけで読んでみた次第です。
(ミーハーやなあ【^^ゞ )


で、全体としては
いい話だとは思いましたが、
ファンタジーとしてはともかく、
ミステリとしてみた場合は
今ひとつな感じです。

何よりポイントとなる動機ですが、
誤解に基づく私怨なのかそうでないのか、
最後にもう一回、クリアにしてほしかった。

ラストもあっけないというか、
最後の瞬間のそのあとが
気になるところなんですが……


現代に甦った幽霊のアルトゥアは、
活動時期が時期だけに
アルフレッド・コルトーばりの演奏をする
という設定です。
自分は、コルトーの演奏を
聴いたことはありませんが、
何となく雰囲気は分かるかな(苦笑)

そういうコルトー・スタイルのピアニストが
現代のピアニズムに接したらどう思うか、
というのが、作者が最初に思いついた
書くきっかけだったそうです。


現代に甦った後で友人になった
音大生のコレクションを聴く場面で
「名前は初耳だが、いやになるほどうまい
 ピアニストのレコードがあった。
 たとえばカナダ人ピアニストによる
 バッハの〈ゴルトベルク変奏曲〉には
 鳥肌が立った。」(p.35)
とありますけど、これグールドですよね。
思わずニヤリとしてしまいました。
旧版と新版、どちらの演奏か
この書き方だと分かりませんけど(苦笑)

バッハは、ここ以外でも
印象的な使われ方をしていて、
アルトゥアをナチからかくまった
ロシア人の老人が
こんなことを言う場面があります。

「戦争が終わったら(略)
 みんな、心に傷を負っているはずだ(略)
 みんな、バッハを聞きたがるさ。
 〈リゴレット〉じゃない。
 みんな、楽しみではなく慰めを
 コンサートに求めるはずだ。
 夕方、辛い仕事を終えて
 家族のもとへ帰ってくる。
 だが家族みんなが
 腹いっぱいになるだけの
 食べ物はない。
 子どもを前にして、
 戦争をはじめたことを恥じるだろう。
 それ以前の自堕落な暮らしもな。
 わしを信じろ。そんなときに
 〈リゴレット・パラフレーズ〉を
 聞きたがる奴はいない」(p.155)

〈リゴレット〉はヴェルディのオペラです。
〈リゴレット・パラフレーズ〉は
それに基づくピアノ曲なんでしょうが、
オペラ系は詳しくないので、よく分かりません。

こんなことを言う
このロシア人の老人は、
バッハの代表的なクラヴィーア曲を暗譜していて、
アルトゥアの前で
バッハの〈フーガの技法〉から
コントラプンクトゥス8を
口ずさんでみせるのです。


この他に出てくるのは、
ほとんどがロマン派の曲か
モーツァルト、ショスタコーヴィチといった
作曲家の作品なので、
そこらへんに詳しくない人間には
よく分かりません(苦笑)

クラシック通なら、ニヤニヤできるんだろうなあ。

それはそれとして、上に引いたような
細部の面白さはあるのですが、
全体のプロット自体は詰めが足りない感じ
というか、最初にも書いた通り、
動機の謎解きと、エンディングが
今イチだったので、
個人的には大絶賛というわけには
いかないのですが、
現代ドイツの音大生気質とかが
うかがえるのと、
アルトゥアの過去をめぐる物語の
細かいエピソードに印象的なものがあるので、
ドイツ版のラノベ(? w)だと考えれば
そこそこ楽しめるのではないかと思います。

読後、改めて見直すと
叙述トリック並みの巧妙さだと思うオビの惹句も、
邦題も、ラノベっぽい感じがされるので(^^;ゞ


ちなみに
作者自身が弾いた演奏も含め
作中に出てくる曲を収めた
2枚組のCDが出ているのだとか。

そこで作者のキアンプールは
コルトー風の演奏を披露しているらしい(藁

それは、ちょっと聴いてみたいかもなあ。