
(1935/猪俣美江子訳、創元推理文庫、2011.5.31)
邦訳が待たれていた(と思う)イギリス作家の、
ミステリ系列作品の本邦初訳です。
「ミステリ系列作品の本邦初訳」
というふうにわざわざ断ったのは、
ヒストリカル・ロマンス系列の作品が
すでに何冊か訳されているからです。
森英俊 編著『世界ミステリ作家事典[本格派篇]』
(1998)で紹介されて以来、
その後のクラシック・ミステリの
翻訳ブームの波に乗って
いつ紹介されるか、いま紹介されるかと
鶴首して待ち続けていたのでした。
やっと出たよ~。( ̄▽ ̄)
ロンドン郊外の村の広場で、
かつて処刑者に用いられた
晒し台の足枷に両足を突っ込んで
刺し殺されている紳士の死体が発見されます。
被害者は、週末だけコテージに訪れる
鉱業会社の会長兼社長であることが分かり、
地元警察はスコットランド・ヤードに
捜査を引き継いでもらうことになります。
とまあ、ここまでは典型的な出だしなのですが、
捜査を引き継いだハナサイド警視が会う
被害者の親族が、みな変わった人間ばかり。
被害者が死ねばいいと思っていたことを
誰もが隠さないばかりか、
誰もがアリバイを持っていない始末。
さらには、たとえば被害者の腹違いの弟は、
もし自分ならこうする、
もし自分の妹ならこうするだろう、
妹の婚約者にも犯行の可能性はある、
といった具合に、
のらりくらりと容疑をかわすだけでなく
ミステリの読者よろしく犯人を推理し始めます。
その妹も同様で、犯人扱いされても意に留めず、
その可能性も確かにあるけど
こうこう、こういう矛盾があるでしょう、
といった具合にディスカッションに加わる。
小説の半分以上が、こうした
丁々発止の言葉のやりとりで進んでいき、
それが無類に面白く、
ある種のリズムとテンポを生んでいて
笑いながら、さくさくと読めます。
普通のミステリなら主役警官に対して
つかなくてもいい嘘をついたり
隠しごとをしたりして、
びくびくどきどきな雰囲気になるんですが、
本作品に関してはまったくそういうことはなく、
常識的な社会通念から自由な人間たちの
やくたいもない、オフビートな会話が続いて
陽気な雰囲気を作り上げているのが
すごかったです。
いってみれば、容疑者たちが
自分たちが関係している事件であるにもかかわらず、
まるでゲームのように(ミステリ小説のように)
真犯人を推理し合っているわけでして。
もちろん、推理らしい推理ではなく、
ひたすら無駄口を叩いているようなものですが(藁
無駄口を叩いているようなものだからこそ、
そこが何とも新鮮でした。
中盤、予想だにしなかった人物が登場し、
またこの人物が変わり者で、
言葉のどんちゃん騒ぎが
ますます加速していって、
誰が犯人なのかよく分からないというか、
誰が犯人でもどうでもいい感じに
なってくるんですけど(藁
残念ながら第二の殺人が起きた途端に
犯人の見当がついてしまいます。
二人も人が死ぬと
さすがに冗談にしきれない、というわけで、
言葉のどんちゃん騒ぎも失速しちゃう。
そこがちょっと残念。
ところで、死体はなぜ晒し台に
足かせを付けた姿で殺されていたのか。
本格ミステリとして考えるなら
キモになるポイントだと思いますが、
きわめて常識的に解決されて、
まあ、それはいいとしても、
やや説明不足(苦笑)なので
ちょっと肩すかし感がなくもない。
でもまあ、読んでて実に楽しい本でした。
才気あふれる言葉のやりとりと
ドタバタコメディ(ラブコメ要素もあり)が
好きな方に、おすすめです。