地震のあった日に歯医者へ行って虫歯を削られた
と言うことは、前に書いた通りですが、
地震と虫歯という二題話のような小説があった
という記憶が、歯医者について書かせたのでしょう。

発掘ついでに確認したら、
谷崎潤一郎の短編
「病蓐(びょうじょく)の幻想」でした。


虫歯の痛みを抱える主人公が
痛みから色彩や音楽を感じ取るという
モノローグから始まる話ですが、
妻が女中に、こんな暑い日は
地震でも起こるんじゃないか、
と話しかけるのを聞いたことをきっかけとして
地震をめぐるモノローグへと移っていきます。

語り手は若い頃に地震を経験していて、
それ以来、地震については
自分なりに研究してきたのだといい、
もし今晩、地震が起きたら、
どうやって逃げれば助かる可能性が高いか、
ということを一生懸命、検討し始めます。

もし地震が起きたら、
ここが崩れるだろうから、
こちらへ逃げて、
という風に、
可能性を考え、積み立てていくのですが、
最もベストな逃げ道を考えつく前に
地鳴りがなって地震が起きてしまう……


比較的入手しやすい文庫本で読むとすれば
以下の2冊でしょう。
(文字通り、掘り出しました)

$圏外の日乘-谷崎の地震小説
(右:『潤一郎ラビリンスVII』中公文庫、1998.11.18
 左:『美食倶楽部』ちくま文庫、1989.7.25)

いずれも品切れですが、
もちろん谷崎全集には入っていますので、
図書館などで簡単に読むことができます。


「病蓐の幻想」は
大正12年の関東大震災に先立つこと7年、
大正5年に発表されました。

その「作家の幻視力のすさまじさに
いまさらのように感服しないわけにはいかない」と
『美食倶楽部』の「編者あとがき」で
種村季弘が書いてます。

ただ、谷崎の幻視力は
大地が揺れることには及んでいても、
今回の地震のような津波災害にまでは
及んでいません。

関東大震災はマグニチュード7.9でした。
今回の東北地方太平洋沖地震は8.8。

単にマグニチュードが大きいというだけでなく、
「病蓐の幻想」の語り手にとって
今回のような災害のありようは
慮外の外だったことでしょう。

ただ……

語り手が若い頃の体験を回想し
「あの時のように物凄い、
 あらゆる形容詞を超絶したOverwhelming な光景を、
 爾来一遍も見た事がない」(中公文庫版、p.23)
と思うフレーズがあるのですが、
今回ものすごく共振してしまいました。



まだ時たま余震が起きていることもあって、
「病蓐の幻想」の語り手の恐怖、
ものすごくリアルに感じさせられました。

だったら読まなければいいわけなんですが……