
(東京創元社、2010年11月30日発行)
この作者は、以前こちらでは
古典部シリーズの新作を
紹介したことがありますが、
今回はシリーズ・キャラクターものでは
ありません。
「ミステリ・フロンティア」という
シリーズ(叢書)の1冊として出たものです。
舞台は12世紀のイギリスの属領で、
北海に浮かぶ架空の島・ソロン諸島。
不死の呪いがかけられたゲール人
(バイキング)の襲来に備えるため、
領主が傭兵を雇い入れるさなかのこの島に、
魔術を使った暗殺を生業とする
暗殺騎士の行方を追って、
聖アンブロジウス病院兄弟団の騎士が
従士を連れてやってきます。
彼は、ソロン島領主が
暗殺騎士の標的になっていることを
告げるためでした。
そしてその翌日、
領主は何者かに殺されてしまいます。
戦の準備で忙しい兄の代わりに
父の殺害者を突きとめようとした長女は
聖アンブロジウス病院兄弟団の騎士に
協力を頼み、自らも彼と行動を共にする
というお話です。
作者のあとがきによれば、
もともとは、いわゆる剣と魔法の国、
ハイ・ファンタジーの世界を舞台とした
ミステリとして
構想されたものだったそうですが、
それを現実の歴史の時代に置き換えて、
それでも魔法や妖術などが存在する
という世界観は残しつつ、
フェアな犯人探しの本格ミステリに仕上げた
奇跡のような作品です。
作者があとがきでも書いているように、
本格ミステリには異世界もの、
パラレル・ワールドものと呼べる
一群の作品があります。
従来そういうのはSFミステリの範疇に
入れられてきたわけですが、
『折れた竜骨』のノリは
歴史ミステリのノリでもあります。
で、従来の歴史ミステリというのは
魔術が信じられている世界、あるいは
魔術が存在している世界を背景としていても
作中で起こる事件は
魔術によるものでないことを前提として
解決されている作品が多かったと思います。
探偵役は、近代的理性を持った
読者と同じ現代人として
設定されていたわけです。
ところで、作者あとがきでも書かれている
山口雅也の『生きた屍の死』(1989)あたりから、
超自然的なことが起こる現代世界を背景とした、
その世界の論理を前提とした上で
謎解きが展開するミステリが
日本でも書かれるようになります。
ただしそれは異世界もので、
ヘンなことが起きていても、舞台自体は現代、
というのが多かったわけで、
西澤保彦の書く作品なんかもそうでした。
いってみれば
ロー・ファンタジーの世界なわけで、
そういうのはSFミステリというふうに
かつては、いわれてました。
やっぱり作者あとがきでもふれられている、
アメリカのSF作家ランドル・ギャレットの
『魔術師が多すぎる』(1967)にしても、
舞台は現代のロンドンなので
パラレル・ワールドもののSFミステリ
ということになります。
それらに対して、
12世紀を舞台とした『折れた竜骨』は
もともとの出自が
ハイ・ファンタジーということもあって
従来の作品とは微妙に印象を異にします。
まず、そこが新しいか、と。
(ラノベではありそうですけどねw)
自分は、中世を舞台とした歴史ファンタジーは、
積極的に手に取る人間ではありませんが、
(ゲームもやらない人間だし)
不死のゲール人がソロン島を襲撃する場面は
手に汗を握らされましたし、面白かったです。
でも、この小説は基本的に本格ミステリなので
歴史ファンタジー的戦闘場面にも
謎解きの伏線が張り巡らされています。
それが最後の、名探偵の謎解き場面に
(名探偵 皆を集めて さてと言い、というやつね)
すべて拾われていき、
消去法で犯人が確定されていくあたりの呼吸は
論理のアクロバットこそ
あまり感じさせませんでしたが、
見事なものでした。
個人的にウケたのは4点あって、
ひとつは真犯人の正体をばらさないと
どうにも誉めようがないので、省略(藁
もうひとつは、
名探偵が関係者を集めて謎解きをする場面を
魔術を破るための儀式として
必要不可欠なものとして設定している点。
(ただしこれは詳しくいうと
いろいろ微妙なのですが……w)
残りひとつは、密室トリックをめぐる
探偵役の発言です。
密室殺人的な状況が出てくると
すぐ方法の解明に意識が向くけれども、
それにとらわれると本質を見逃す、
トリックなんて何とかなるという前提で
犯人を詰めるロジックにこだわらないといけない、
とまあ、これは自分的なまとめ方ですが、
だいたいこういうことを言う場面があって、
これには読んでて大ウケでした。
あと、読者への挑戦状めいた場面もあります。
きたねきたね、という感じで
これにも嬉しくなってしまいました。
ちなみに語り手は、16歳の領主の娘です。
騎士の身分を持つ兄よりも頼りになる存在
というのは、やっぱり日本の作品だなあ
という感じがしますね。
先に紹介した『ぼくを忘れたスパイ』が、
父と息子の物語に収斂していったのと
対照的だと思います。
そして彼女を助ける年下の少年。
う~ん、ある意味、お約束ですね~(藁
もちろん、自分はそういうの大好きです(^^ゞ