
(2007/宮崎真紀訳、ハヤカワ・ミステリ文庫、2009.10.15)
訳者名の「崎」の旁(つくり)は
「大」ではなく「立」なんですが、
文字化けしそうなので「大」で表記しました。
アルゼンチンの作家が書いたミステリです。
それだけでも珍しいかも。
時は1888年3月、所はブエノスアイレス。
ある靴屋の息子が
大探偵レナート・クライグの
屋敷を訪れたところから、物語は始まります。
クライグ探偵はこれまで
助手を持たない主義だったのですが、
どういう心境の変化か、
探偵術講座を開講するというニュースを知り、
幼いころから名探偵に憧れていた
シグムンド・サルバトリオは、
聴講生の一人として名を連ねます。
最初は20名近くもいた聴講生は
ひとり減りふたり減り、
サルバトリオひとりになってしまいました。
そして、ある事件で
クライグに協力したサルバトリオは、
恐るべき経験をします。
以上がお話の第1部。
続いて舞台は、翌1889年の
万博の準備で大わらわのパリに移ります。
エッフェル塔建設の反対運動が起きており、
不穏な動きも見られたこの都市で、
世界名探偵会議が開かれます。
サルバトリオは、
引退したクライグの名代として、
この会議に参加することになりました。
ところが、この会議の開催を待っていたかのように、
当時パリを代表する2大探偵のひとりが
建設中のエッフェル塔から転落死するのです。
彼は、エッフェル塔建設反対を唱える
秘密結社の捜査に当たっている最中でした。
たまたま助手が病欠中の、
もうひとりのパリの大探偵は、
サルバトリオを臨時の助手として、
事件の捜査に取り掛かるのですが……。
ストーリーからもお分かりの通り、
舞台『ムーラン・ドゥ・ラ・ギャレット』と
同じころの時代を背景とする物語です。
オビには「探偵小説の醍醐味!」とか、
「推理と論理の つるべ撃ち」とか
書いてありますけど、
そんな感じがするとすれば、それは第2部の、
名探偵たちの討論会の場面くらい。
そこでは何人かの探偵が、
自分が解決した事件を語るのですが、
そのひとつひとつが、別の物語に使えそうで、
もったいないくらい
トリックが消費されていきます。
なかでも、オランダ人探偵が解決した
密室殺人のトリックには感心しました。
でも、物語全体の印象は、
世紀の変わり目に際して、
古き良き伝統が失われていくことへの悲哀と、
その失われていくものを見送る役目を担う
サルバトリオが大人になる話
という感じですね。
大人になるというのは
何かを(大切なものを)失うということ、
という決まり文句をふまえて、
サルバトリオの喪失の物語、
といってもいいでしょう。
サルバトリオの失恋も描かれますし
(意地悪ないい方をすれば、お約束ですw)、
世界の名探偵12人が一堂に会す
なんていうおとぎ話めいた設定が、
そうした印象を助長するのに与っている
といってもいいかもしれません。
舞台『ムーラン・ドゥ・ラ・ギャレット』は
滅びゆくものへの哀愁がモチーフのひとつでしたが、
本書『世界名探偵倶楽部』もまた、
同様のモチーフをたたえているわけです。
だからといって、
『ムーラン』の舞台を観た人におすすめ、
と単純にはいかないのですが(藁
懐かしの名探偵小説が嫌いでなければ、
おすすめできるかもしれません。