圏外の日乘-ユダヤ警官同盟(上・下)
(2007/黒原敏行訳、新潮文庫・上下、2009.5.1)

時に西暦2007年・冬。
アメリカに返還される期限の迫った
アラスカのユダヤ人自治区・シトカ特別区の
安ホテルで、ヘロイン中毒の青年の
射殺死体が発見される。
死体の傍らには、チェスのプロブレム
(詰め将棋みたいなもん)が残されていました。

たまたま同じホテルに住んでいた
シトカ特別区警察・殺人課の刑事
マイヤー・ランツマンは、
相棒と共に捜査を開始するが、
新しく赴任してきた上司で元妻から
捜査の中断を命ぜられる……

アラスカにユダヤ人自治区なんてあったかしら、
と気づいたあなたは偉い(誰でも気づくってw)。
本書の外枠は〈改変歴史SF〉なのです。

歴史のある時点に「もしも」の設定を組み入れて、
現実の歴史とは違う歴史を描く小説を
改変歴史SFというそうです。

だから、世界情勢が異なるだけで、
その他は、捜査の仕方も当然、現在と同じです。
でも、作品世界に入っていくのに、
ちょっと時間がかかりました。

設定が設定だけに、
現状と異なるところに説明が入るわけですが、
変に説明的な文章にすると
小説としての感興が殺がれるわけで、
そこらへんの微妙なバランスが、かえって
読みにくさにつながっているような気がします。

また、キャラクターがそれぞれ個性的で、
やっぱり普通の小説とは違う。
その描写に文章が費やされ、
ストーリーが滞るために、読むスピードが落ちる、
といった感じでしょうか。

そういうキャラクター描写が、
ある種のユーモアを醸し出していて、
ところどころ笑えもするのですが。

ユーモアといえば、
ユダヤ人やユダヤ文化に対する
自虐的なユーモアも感じられ、
それが独得な雰囲気を作りあげている
という印象もあります。

ドタバタの場面もありますが、
全体として、分かり易いユーモア
というわけではないと思います。

何はともあれ、少なくとも時間に追われて、
急いで読む小説ではないですね(苦笑)

欧米の書評では
「『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』
 ばりのチャンドラー風ミステリ」
といわれたようですが、
村上春樹の小説よりも、ちゃんとミステリしてます。

つまり犯人探しの物語で、
犯人を示唆する伏線も
ちゃんと張ってあるということです。

日本の作家と比較するなら、
むしろ奥泉光(おくいずみ・ひかる)の小説を
連想させるのですが、
どうせ欧米の人は
読んでないでしょうからね(当り前だw)。

ランツマンは、かつては優秀な刑事でしたが、
今は、妻にも去られ、酒浸りで落ちぶれています。
というのも、妻の始めての出産の時に、
ランツマンは、ある決断を下すのですが、
それが精神的なトラウマのようになって
夫婦関係が破綻し、ダメ人間になっていったわけです。
それがどういう決断なのか、
興味のある人は、読んで確認してみてください。

そのランツマンの前に上司として妻が現われる。
その奥さんと次第に和解していく過程も、
ちょっと出来すぎだけど、なかなかいいです。

それにしても向こうのミステリには、
しょぼくれた、さえない中年男が、
それなりに魅力的に描かれ、
モテたりする話が多い気がします。

うらやましす~(^.^;(て、そこか~いw)