圏外の日乘-前夜(上・下)
(2004/小林宏明訳、講談社文庫・上下、2009.5.15)

イギリス生まれのアメリカ作家
リー・チャイルドの、
ジャック・リーチャー・シリーズ第8作。
ただし翻訳はこれが4作目。

第1作の『キリング・フロアー』(1997)は
たしか読んだはずだと思うんですが、
内容は忘れてますf(^^;

でも大丈夫。
今回は、リーチャーがまだ軍務に就いていた
若い頃の話ですから、
シリーズを読み続けていなくても、
話に付いていけます。

ベルリンの壁が崩壊し、
冷戦終結へと動き始めた1990年正月。
新年を迎えたばかりの軍警察(MP)オフィスに
夜勤で詰めていたリーチャーの許へ、
一本の電話が入るところから物語は始まります。

ストリップ小屋のそばにあるモーテルで
ヨーロッパから訪れた機甲師団司令官(少将)が
心臓麻痺で死んでいるのが発見された、というのです。
新年のほろ酔い気分で娼婦を連れ込んでの
不名誉な事故死と思われたのですが、
死亡を伝えに行った先の自宅で
少将の妻が何者かによって殺されていた、
という事態になっては、不審を抱かざるを得ない。
そして第三の殺人が、今度は基地内で起こります。

軍にとって不名誉な事実は
できるだけ隠蔽しようという方針の
新任の上司に妨害されながら、
たった一人の協力的な部下とともに捜査を進める内に、
リーチャーは、軍内部で不穏な動きが見られることに
気づいていくのですが……

MPとしてのリーチャーの捜査は地道で堅実。
きちんと事実を踏まえ、
「なぜ」という推理を重ねながら
対象に迫っていきます。
あてずっぽうで捜査を進めていくわけでないし、
探偵が動くことで犯人側が焦ってボロを出す
という単純な展開でないのもいいです。

カバー袖の作者紹介によれば、
「ニュー・ハードボイルドの旗手」だそうですが、
主人公が思いつきで行動する
(ないしは行動の根拠を記さない)
タイプの小説ではなく、
謎ときのプロットに沿ったストーリー作りが、
しっかりできています。
リーチャーの行動には
推理に基づく根拠が示されるので、
読んでいて気持ちがいいですね。

MPの捜査権が、階級を超えているため
(従わなければならないのは、
 MPの上司の命令だけ)、
あたかも名探偵のような超越的なスタンスが
リーチャーに保証されている感じがされて、
それで、名探偵の登場する
謎ときもののような印象を受けるのかもしれません。

軍の基地が、
人間の出入りをしっかりと管理していることで、
一種のクローズド・サークルになっていることも
その印象を助長しています。

また、単なる陰謀ネタで落とさず、
少将の死の真相にツイストを効かせている点も
見のがせません。

あと、末期ガンにかかった、パリ在住の母親と
リーチャーとの交歓が
サブ・ストーリーになっているのですが、
この母親の過去と現在のリーチャーの行動とが、
最後の最後にリンクして、
「正義」とは何か、というテーマを
読み手に突きつけてきます。
これについては賛否両論かもしれませんが……

翻訳も読みやすく(読みやすすぎるくらいw)、
これは拾い物でした。


●念のためのウンチク

機甲師団:
戦車・装甲車などの兵器を装備した陸軍部隊です。
本書の場合、この設定が、
犯人逮捕の場面を盛り上げています。

クローズド・サークル:
closed circle というのは、もともと
アガサ・クリスティーの『シタフォードの謎』や
『そして誰もいなくなった』のように、
雪に閉ざされた山荘や孤島など、
外界との連絡が閉ざされた空間で
殺人事件などが起きる趣向のミステリのことです。