寒山百得展3 (灘区原田通り)2024年6月7日
「古典×現代2020—時空を超える日本のアート」に出展された『消された記憶』と『二河白道図』の2点で終わるはずの寒山百得がどうして続いていったのでしょうか。
あの2点で寒山拾得とは「はい、さようなら」のつもりでした。こんな気持ち悪いやつにはもう関わりたくないと、そんな感じでしたよ(笑)。でもなんだか残火に火がつくような感じで、東京都現代美術館の「GENKYO」展の最後の部屋でも何点か描きました。
最初は蕭白の「寒山拾得」がありましたが、10点か20点を描いたところでこのテーマを理解できはしないだろうと思い、「寒山拾得」の「拾」を「百」に変えて、「寒山百得」として100点を描こうとなったのが大まかな流れです。しかし、実際に描き始めてみると、20点ぐらい描いたところでもう飽きてしまったんですよ(笑)こんなのに取掛かっても大変なことになると思ったし、どうしようかと困ってしまった。
しかあし、ここからが横尾の横尾たる所以也。どうしようもない状況に追い込まれると超人的な発想がわいてくる。
そこで当初のスタイルからどんどん離れ、寒山拾得を現代人にしてみたり、女性化してみたり、寒山拾得のもつ多様性を表現しようと考えました。誰のなかにでも自由自在に活動してしまう寒山拾得のような人格は存在すると思うんです。
つまり、自分のなかの「ちっさい私」とでもいうのかな。複数の私が自分のなかにいると思うので、それをできるだけ絵に解放していこうと思って、「寒山百得」を描くことになりました。