翌朝、俊一は夜明けと同時に起き出して身の回り品をバッグに詰め込んでいた。起き出した、とは言ってもほんの1、2時間まどろんだに過ぎない。不安と興奮が交錯した眠れぬ一夜だった。
青い薔薇が咲くまで、三日間の勝負。余計なものはいらない。最低限の着替えと洗面用具、懐中電灯と登山ナイフを持っていくことにした。
携帯電話のメロディーが鳴った。デイブ・ブルーベックの演奏で知られる「テイク・ファイヴ」。真紀の同僚の吉岡からだ。
吉岡には青い薔薇について何か新しい情報が入ったら、ただちに連絡をしてもらえるように頼んであった。
「もしもし、加賀さんすか、吉岡っす」相変わらずの独特な口調。だが、吉岡のまくし立てる声にはいつにない切迫感があった。
「こんな早い時間に電話して申し訳ないっすけど、今日はもう電話してる時間がないかも知れないんす」
「大丈夫だよ。もう起きてたんだ。それより何があったんだ」
「例の青い薔薇なんすけど、昨日から急に成長が早くなったそうなんす」
「何だって、ということは」
俊一は愕然とした。一瞬、目の前が真っ暗になった気がした。
「三日後の予定だった青い薔薇の開花が、いきなり今日の夜6時になったって通達があったんす。今日の今日ってことすから、マクロ社や衛星中継いれてたテレビ局なんてもう大パニックってことっす」
事情を知らない吉岡は野次馬根性で舞い上がっていた。
俊一は息苦しいほどの緊張感に襲われていた。あと三日あるはずだったのに、今の話では今日の夕方には青い薔薇が咲いてしまう。真紀の命を奪う青い薔薇が。
「俺も、これから準備して記者の谷村さんと現場に向かうんす。青い薔薇の記事、本当は真紀さんの担当だったのに、こんなことになって」吉岡の口調が湿っぽくなった。
「無事に見つかるといいんすけど」
真紀の心配をしてくれるのはありがたいが、俊一の心中はそれどころではない。吉岡への礼もそこそこに電話を切ると蘭山に連絡を入れた。
「ううむ、神代さんを手に入れたことでラスモーラに力が増したのかもしれん」蘭山が呻くように言った。
さすがの蘭山も今度ばかりは切羽詰った声だ。残された時間はあまりにも少ない。
「大至急出発しよう。悪いが大至急迎えに来てくれんか」
八ヶ岳には俊一の車で向かう手筈になっていた。愛車の4WD。型は古いが吉岡の4WDより馬力のある車種だ。
「青い薔薇の血族」 目次
