「事件のショックで夢の一部は真紀の記憶に蘇った。でも、まだ埋もれている部分があるに違いない。事件の真相に近づく鍵が隠されている気がする」俊一の口調が熱を帯びてきた。
「うちの研究所は今、夢の映像化について研究を進めているんだ」
「え、何ですって」真紀は思わず聞き返した。俊一が夢を対象とした研究に携わっていることは知っていたが、夢の映像化というのは初耳だった。
「脳の働きというのは電気信号として捉えることができる。夢を見ている人の脳波を、電気信号としてコンピューターに送り込む。それを我々の開発したグラフィック・ツールで画像処理してモニターに映し出すんだ。まだ未完成だが、夢の中でも特にインパクトの強い場面なら何とか映像化できるまでになった」
「それを使って私の夢を調べるの?」
急な話に真紀はまだ半信半疑だ。それにしても自分の夢を他人に覗かれるということは耐え難い気がした。
「ああ、真紀がOKしてくれればね。装置のほうは何とでもなるさ」
俊一は真紀の瞳をじっと見つめた。真紀の逡巡は痛いほど分かる。
夢は本人でも制御できない。心の奥に秘めた、本人ですら自覚していない秘密のベールがはがされてしまうかもしれないのだ。ある意味では自分の裸を見られるよりも恥ずかしく恐ろしいことである。
しばしの沈黙が訪れた。ややあって真紀の表情に強い決意が表れてきた。頬が少し紅潮している。
「いいわ、やってみましょう。じっとして怯えているより遥にましだわ」
署に戻った水上が報告書を書き上げたのは午前八時過ぎだった。疲れてはいたが緊張のせいか眠くはない。いずれにしても今日の非番を、いつものように寝て過ごすつもりはなかった。
表に出ると雲ひとつない晴天だった。いつもと変わりない街並みが水上の前にある。見慣れた風景、行き交う人々。疎外感を感じた。自分だけが昨日までとは違う朝を迎えてしまった気がする。
水上はポケットから五代蘭山の名刺を取り出した。蘭山は何か超常的な事件を予見していたらしい。それは自分の担当している神代真紀誘拐未遂事件と関わりがあるのだろうか。
昨晩の出来事について助言を求めるならば、警察の仲間たちよりも蘭山がふさわしく思えた。こうして自分の手に蘭山の名刺が渡ってきたことも偶然ではない気がする。
人通りのない路地に入り、水上は携帯電話をダイヤルした。数回の呼び出し音の後、若い男が出た。
「水上といいます。五代蘭山さんはご在宅でしょうか」水上は意識して丁寧な口調を使った。
「どのようなご用件でしょうか」
著名なオカルティストともなれば、イタズラ電話も多いのだろう。当然のことだがガードが固い。水上は単刀直入に説明した。
「昨日、蘭山さんが訪問した鳴海刑事の紹介で、私も刑事です。直接お話したいことがあると伝えてください」
「水上さまでしたね。少々お待ちください」
若い男は蘭山の弟子か助手なのだろう。刑事と聞いても動揺した様子はない。電話が保留音の電子メロディーに切り替えられ、一分ほど待たされた。
「もしもし蘭山ですが」風格ある落ち着いた声だ。
「はじめまして、水上といいます。同期の鳴海から昨日の訪問のことを聞きました。何か事件が起きると予感していたそうですが」
「ええ、その通りです。この電話を頂いたということは、何かが起こったと考えて良いのですかな」蘭山の声に緊張が感じられた。
「電話では話しにくいのですが」
「私の住所はご存知ですか」
「鳴海から名刺を預かっています」
水上は手にした名刺に視線を走らせた。
「できるだけ早くに、お会いしたい。こちらに来ていただけると助かります。無理でしたらご都合の良い場所に伺います」
お互いに話が聞きたくてうずうずしているのだ。水上は、相手の気持ちが手に取るように分かった。
「実は今日が非番なんです。これからお邪魔してはご迷惑でしょうか」
今日のチャンスは逃したくない。水上は、もし断られても粘る心構えだった。
「それは好都合です。時間も水上さんに合わせましょう。何時が良いですかな」
即答だった。予定が空いているというよりも、何よりこの件を優先するという気迫を感じさせる口調だ。
「それでは二時間後、十時半ではどうでしょうか」
すぐにアパートに戻りシャワーを浴びて着替える。タクシーを使えば、その時間には着くはずだ。
何かが動き始めていた。巨大な運命の輪、自分はそれに巻き込まれているのだ。水上は期待と不安の入り混じった奇妙な興奮を覚えていた。
「青い薔薇の血族」 目次
