吉永小百合は、日本を代表する大女優の一人ですが、
年齢不詳の怪優という一面も持っています。
11歳年下の竹中直人と共演した「まぼろしの邪馬台国」(2008)では、
はるかに年下の彼の若妻を演じていました。
ちなみにモデルとなった郷土史研究家・宮崎康平の奥様は12歳年下だったそうです。
62歳くらいの頃に出演した「母べえ」(2007)では年齢は描かれていませんが、
妹役の檀れいが36歳くらいなので、40歳前後の設定だと思います。
この作品には溺れた浅野忠信を吉永小百合が救助するエピソードもありましたが、
バタフライが得意と聞いていたこともあって違和感ありませんでした。

80歳となった今回は、享年77歳の登山家・田部井淳子をモデルにしたヒロインを演じています。
さすがに若いころは、のんが演じていますが、
山道を登っていても違和感のない若々しさで、うらやましい限りでした。
田部井淳子については、当時のニュースで見たはずなのですが、
自分が登山をしないこともあって憶えていませんでした。

登山家の多部純子(吉永小百合)が
癌で余命宣言を受けるエピソードから始まります。
病気になっても病人にはならない、
という言葉を実践する生き方が力強く描かれています。
序盤は女性初のエベレスト登頂がメインに描かれ、
のんのさわやかな演技が光っていました。
ウーマンリブが叫ばれる時代になっていても、
女性の社会進出はまだまだで、
賛同してくれる企業は少なく、
装備も十分揃えられず、
登山では酸素ボンベもケチりながら使います。
Wikiによれば実際には予算が少ないのは企業からの献金を使わないという方針があっためということで、
映画はドラマ効果を考慮して、かなりアレンジされているようです。

この部分は昭和の空気感が良く出ていました。
阪本順治監督とコンビを組むことが多い笠松則通撮影の技量が感じられます。
トラブルも重なってエベレストの頂上に達したのは純子一人でした。
純子は一躍時の人となります。
映画では光と闇の、闇の面もドラマとして作っていました。
純子一人だけが脚光を浴びたため、
陰謀説まで生まれ、女性だけの登山チームは空中分解してしまいます。

長男は有名すぎる母親の存在にプレッシャーを感じ、
疎遠になってしまいました。
中盤以降は闘病生活、
とは言っても冒頭のセリフ通り精一杯生き抜きます。
東日本大震災が起きると、東北の高校生たちを富士登山に連れていくプロジェクトを開始、
資金集めのため自らシャンソンのコンサートを開催します。
シャンソンを歌ったかどうかはわかりませんが、
チャリティ・コンサートを行ったのは事実のようでした。

再発して脳に腫瘍ができたとき、
最後の登山として夫の正明(佐藤浩市)とともに富士の七合目まで登ります。
このエピソードでの夫婦のしみじみとしたやりとりは感動的でした。
佐藤浩市と、エベレスト時代からの盟友を演じた天海祐希が確かな演技で作品を支えています。
出来不出来の波が激しい阪本順治監督ですが、
秀作だった前作「せかいのおきく」(2023)に続いて、
見ごたえのある佳作に仕上げていました。


