機械の身体が欲しかった。
機械のように、簡単に揺れ動かず、毎回正しく、同じ成果を出すために。
昨日、フジコヘミングのコンサートに行った。
音楽家のレベルやその演奏の評価を出来る耳も知識もないし、もとよりそんなつもりは全くないけれど、「よかった」「すげ〜、よかった」。
帰りは、と言うより寝るまでずっとつぶやいていた。
昨年、怪我をされた影響で、自力で歩くことが出来ず歩行器を押しての登場。ご自分でも腰も背中も痛くて…と話されていた。
なのにピアノを弾き始めると全くそんなことを感じさせない。
繊細で、力強くて、自由で、楽しかった。
始めは魔法使いのおばあさん(失礼)の指先から生まれてくる音楽と見えていたのに、次第に違ってきた。
フジコヘミングという人間が、全身全霊で音を響かせている。いい表現が出来ないけれど、魂を込めた演奏がこちらの魂にも響いてきたという感じかな。
正しいとか綺麗とかいうものと違うもの。心に響くもの。人間が自分の身体と心で生み出す響き。
機械なら、楽譜に忠実に流麗な音楽を何度でも再現出来るだろうけれど、多分飽きてくるかも。
生の人間が、その時その場で、出来ることを一所懸命に行うことで人は感動するのだろうし、また、人が見ていなくても、自分は納得出来るのではないか。
そうだ、自分も人間だ。完璧なんてことはない。その時その場で出来ることを、一所懸命にやって行こう。
揺れ動いてもいい。毎回正しくなくてもいい。失敗しても、同じ成果でなくてもいいんだと、演奏を聴きながら思った。
人間でいいんだな。機械の身体はやっぱりいらない。
星野鉄郎の気持ちだった。