コミュニティーカレッジの生涯学習コース「芸術の歴史」、今日のクラスは現代アートを代表するアンディ・ウォーホルとジャン=ミシェル・バスキアについて。


ウォーホルは、有名なマリリン・モンローのポートレートやキャンベルスープのシリーズなどで知っていたが、バスキアは知らなかった。


そういえば先日友人のマークに会ったとき、面白いTシャツを着ていたので尋ねると「バスキアのイラストだ」と話していた。


もともと広告業界出身で洗練されたポップアートのイメージがあるウォーホルと比べ、バスキアには野性的なパワーを感じる。1つの作品に収まりきらないような量のメッセージが入っている感じがする。


移民の両親を持つ黒人で、ニューヨークのグラフィティー(落書き)アーティストとして注目を集め、ウォーホルに引き立てられて、一気にスターになった。


面白いと思ったのは、落書きを描いていた当時も、落書きの横に©️(コピーライト=著作権)のマークをつけていたこと。


アーティストとして活動した7年間で2000点も作品を残したこと。


ヘロイン中毒で1988年に28歳で亡くなったが、最近競売された作品は1100万ドルで、日本のコレクターが落札したそうだ。


芸術の価値について考えると不思議なことがある。


どうやって価値が決まるのか?

普遍的な価値があるのか?

買い手の主観で決まるのか?

ただの流行ではないのか?

賞味期限はあるのか?

100年たっても価値があるのか?


いろいろなエピソードから、バスキアと言う人の芸術に対する情熱、こだわり、哲学、人脈作りなどが想像できる。


僕が思うには、芸術には時間軸の外に飛び出すエネルギーを持ったものと、そこまでエネルギーがないものがあるのではないか。最終的にそれを決めるのは、次の時代の人たちと思う。


休憩時間に、後ろの席に座っていたグレンが、「僕の絵を見るかい?」と言って、スマホで何点か現代アート風の作品を見せてくれた。


本人の穏やかな性格が作品に現れていると思った。


自分が表現したいものを描く、という芸術。他人に評価される芸術。両方とも必要なのだろうか。


Photo courtesy of Sotherby’s