今日は、3週間ぶりにピックルボールの練習をした後、歩いて地元のアメリカンレストランに来てハムエッグの昼食を食べた。


木製のカウンターは、何度もペイントを重ね塗りしたような年代もので、ハムを切るナイフも握る部分が擦り切れている。BGMもマイケル・ジャクソンがかかっていて、ちょうど1980年ぐらいの雰囲気だ。  


昨日のカレッジの授業で、ミケランジェロの「モーゼ」像について、勉強した際、教授に「いくら位の価値があるのか」と聞いてみたが、「Priceless(値段がつけられない)」との答えだった。


調べてみると、ミケランジェロが描いた足のデッサン(縦横13センチ)がオークションで2,700万ドルで落札したことがあるらしい。


1枚の絵画なら、5億ドルから50億ドルすると見られている。高さ8フィートもあるモーゼ像は、もっとだろう。


しかし、芸術の価値と言うのは、所有することとは違うのではないか。


モーツァルトの交響曲、プラトンの著作などは、(直筆の原稿等は高価だろうが)、ただ同然で楽しめる。逆に、芸術を所有している人が、本当にその価値を楽しんでいるだろうか。


僕の感覚では、芸術の価値は、

芸術家の才能 x 作品のパワー x 鑑賞者の審美眼 x 鑑賞者の心の状態、

で決まるような気がする。


つまり、鑑賞者の心が「興味ない= 0」であれば、50億ドルの芸術も価値が0と言うことになる。


実際のところ、現在の価値が50億ドルであっても、制作したミケランジェロにとってはどうでもいいことだ。


僕は芸術家ではないが、想像するに芸術家にとっては、作った作品が残り、いつまでも愛されることが望みなのではないか。


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