南米ボリビアで、昨年公開された映画「コンドルの娘」を観た。



舞台は、アンデス山脈の雲を見下ろす高地にある先住民の村。電気もガスもなく、ランプで生活している。


ストーリーは、村の助産婦アナと一人娘のクララを中心に展開する。


小さな村だが、病院がないので、助産婦は忙しい。見習いのクララは、陣痛を和らげる効果があると信じられている歌を歌って妊婦を介助する。


元気に生まれる赤ちゃんだけではない。死産の時は、助産婦のアナとクララも、黙って、小さな棺を送り出す。


ある日、クララは古いラジオをもらう。ラジオから、最新のヒットソングが流れる。


次に、友人から「彼氏のバイクで街へ遊びに行かないか」と誘われる。


そして、村を通り掛かったエンタメグループから声をかけられる。


「街に出て、歌手になりたい」

ある未明、クララは母が眠っている隙に友人のバイクに乗り、街へ走った。


クララが失踪して、村は大騒ぎになった。

助産婦は神のお告げを伝える人とも思われている。村で起きる災難が、「クララの失踪が原因」と噂が立った。


娘を探しに1人で街へ出たアナは、ライブハウスで歌うクララと遭遇した。


この先はネタバレになるので紹介しない。


ボリビア先住民の暮らしを見て、昨年訪れたグアテマラを思い出した。


ホームステイした先住民一家のおばあちゃんは、僕と同じ歳だった。


市場で生きた鶏を10羽買って、持って帰り、首を絞めて羽根をむしり、近所の人に売っていた。洗濯物を入れた籠を頭に乗せ、湖でゴシゴシ洗っていた。


しかし、近所の人に鶏を宣伝するときには、スマホでテキストを送り、孫の誕生日にはファストフードのフライドチキンで祝っていた。


映画のタイトルになったコンドルは、アンデスの高い山よりも、さらに高い空をゆうゆうと飛んでいる。


地上の世界は、刻々と変わって行く。


Photo courtesy of Variety