図書館での出来事。


トイレの個室に入ったらシートが汚れていたので、使わないで出てきた。


すると、その後に入った男性がすぐに出て来て「トイレを汚すな」と言う。


「僕じゃない」と否定したが、信じていないようだ。


図書館を出て、カフェでコーヒーを飲んでいるが、気分が落ち着かない。


なぜだろう。


僕の行動に、恥じる点はない。


しかし、男性が間違った印象のままなのが気になる。


とはいえ、自分と接する人全ての印象を気にしていたらキリがない。


価値的に考えると「自分でコントロールできないことは考えてもムダ」ということだろう。


そう思っても、モヤモヤが残る。


これが、もう少し利用者が限定された、たとえば会社のトイレだったとしたら、僕の名誉にかけて真犯人を突き止めるだろう。


僕を責めた男性の短絡思考も、改善の余地がある。僕だったから何事もなかったが、相手によっては喧嘩になるだろう。


世の中には、見当違いの非難を受けている人がたくさんいると思う。


先日読んだ本には、無実の罪で20年以上も刑務所に入っていた元ボクサーのストーリーが出ていた。


自分の正しさを貫いて弾圧される人は「英雄」だと思う。


そういう意味では、僕のトイレ事件はまだ「英雄」を生むほどのレベルではないようだ。